ねろとねたくりすます









「し、志貴様!?」

 その朝は突然に訪れた。

 いつも静かに起こしに来るはずの翡翠が何やら悲鳴を上げたようなので、俺はまどろみをすっ飛ばして眠りから一気に覚醒する。

 何かと思い毛布を跳ね上げて、上体を起こしながら入り口の方を凝視した。 「どうしたっ、翡翠」

 見れば、翡翠はこちらをぷるぷると震える手で指差している。  それが示す方向は、俺。

 俺がどうかしたのだろうか。
 まさかいきなり血塗れになってましたとか、そういう話じゃないだろうな。

 思わずいつかの事件を思い出し、ぞっとしない気持ちのまま自分の体に視線を落とす。
 だが特に異常は見られない。
 血の一滴だって付いていないし、寝巻きは乱れた様子はない。

   ――――まさか額に『肉』って書かれているとか!?

 いやそれこそ有り得ないっての。
 だいたい翡翠がそれくらいであんなリアクションする訳がない。
 じゃあ、それにしたら一体なんだというのだろう。

「なあ翡翠、俺、どこかおかしいか?」

 改めて、自分の手などを確認しながら尋ねる。
 すると翡翠は、信じられないといったような表情をしながら、搾り出すように言った。

「その……お隣で寝てらっしゃる方は…………」

「隣――?」

 言われて、全身の血液がすーっとどこかへ消えていくような錯覚を覚えた。
 まさか、アルクェイドが勝手に人のベッドに潜り込んでいるんじゃないか。
 それともシエル先輩を知らない間に引っ張りこんだり、秋葉とあんなことこんなこといっぱいあるーけどー♪
 って混乱している場合でもなく!
 それでもなければ琥珀さんと夜伽をっ!?

 って、なんで俺はそんな最低男な想像ばかり浮かんでくるんだ!
    それじゃあまるで俺が女性をとっかえひっかえベッドに連れ込んでるみたいじゃないか。

 嗚呼、振り向くのが怖い。
 誰がいるのかわからないが、とにかく誰にしたってマズイことには変わりないんだ。

 どうしよう、振り向かないことには始まらないが、決心がつかない。

「……うーん」

 すると、俺の後ろで誰かが身じろぎする。
 うわ、起きるのか、起きるのか!?

 っていうかなんか妙に声が野太いような……。
 そんな知り合いはいないが……よもや誰でも構わずなのか、俺。

 だからそうじゃないっての!
 一体誰だ、誰なんだー。

「ええい、ままよ!」

 俺は意を決して、翡翠の次のリアクションを気にしながら振り向いた。

 すると――――そこに寝転がっていたのは――――

「むぅ…………朝か」

 ――――ネロだった。

「ね、ネロー!?」

「何だ小僧、朝から我の名を叫ぶとは」

 俺が振り向いた先、ベッドの中で温かそうにしていたのは、紛れもない、あの吸血鬼、ネロだった。
 その厳しい面が、布団をかぶっているため頭半分しかでていない。
 それが喋るもんだから、不覚にもどこかキュートさを覚えてしまった。

 ――――って冷静に解説してる場合かっ!

 俺はネロに攻撃されるよりも早くベッドから飛び出し、翡翠を庇うようにして入り口の前に立った。

  「下がってろ翡翠、コイツは危険だ!」

「そんな方をベッドに連れ込んでる志貴さまはもっと危険ですが」

「ご、誤解だっ! 頼むからそんなカラスに食い散らかされたゴミ捨て場の生ゴミを見るような眼で見ないでくれっ!」

 なんだか自分でも何言ってるかわかんなくなってきたぞ。

 だがそれよりも今は翡翠を避難させて、俺がここで奴を食い止めるしか方法はない。
 すぐに翡翠に逃げるように促すと、彼女は俺のことを乾燥している踏み潰された犬の糞を見るような眼で何度もちら見しながら去っていった。

   うわあ……すげえ孤独感。

「おいネロ、なんでお前がここにいるんだ」

 俺は気を取り直し、ベッドを飛び出した際机の上からついでに持ってきたナイフを構えながら言った。

 するとネロは毛布をかぶったまま呻く。

「まだ眠い。私は吸血鬼だ。こんな日が照ってるうちに動けるか」

「頭まですっぽり毛布被りなおしているんじゃねえ!」

「うぐぅ」

「うぐぅ、じゃない! そんな危険な発言するなっ!」

 まったく何がどうなってやがるんだ。
 ネロがここにいるということもビックリだが、今のネロは、あの威圧感がカケラもない。
 それどころか、なんかぬくぬくとベッドで眠っている間に瞬殺できそうな勢いだ。

 しかし、このままヤツを放っていく訳にはいかない。
 今は大人しいが、夜になったら何をするか知れたものではない。

「くそっ……やっぱり殺すしか…………ん?」

 ふと、今まで色んなコトに気を取られてて気づかなかったが、背中の方から何かネロに向かって黒い紐のようなモノが伸びていることに気がついた。  首をぐるっと捻ってみると、腰の辺りからそれは生えていることがわかる。

 ――――なんだこれ?

 くそ、またよくわからないことが出てきたけど、とにかくこれは邪魔くさいぞ。
 俺はその紐に見える死の線に注視し、ナイフで切断しようとする。

 その時だった。

「あかん、それだけはやったらあかんで!」

 いきなり妙な関西弁が部屋中に響き渡る。
 驚いて手を止めると、ネロが既に寝息を立てているベッドの横の死角になっていた部分から、突然大きな角がニョキリと生えた。
 否、それはその動物の頭に生えていたもので、ソレが立ち上がったのだ。

「ちょいとストップや、志貴はん。それ以上はあかんで」

 出てきたのは――――鹿。
 他に形容のしようがない、敢えて表現するのなら、黒い牡鹿。

 いや…………喋る鹿というべきか。

「って、鹿が喋った!?」

「なんやそんな大きな声だしはって。ワイは鹿やけんど耳ぃしっかりついとるで」

 ぴくぴくと耳を動かして、何かアピールする鹿。
 正直可愛くない。

「で、あんさんが今切ろうとしとった紐はな、前吸血鬼の姫はんが治療する時に使うたネロ=カオスの残骸や」

「な、なんだって……」

「つまりな、それを切るっちゅーことは、わいも依るトコがなくなって消えるしかないんやけど、同時に志貴はんも衰弱して死にまっせ」

「わ、危な!」

 その言葉に、思わず止めていたナイフを引っ込める。

 けど――――だったらどうすればいいんだろう。
 やっぱりこのまま放っておく訳にはいかない。
 こういう時はやっぱりアルクェイドに聞けばいいんだろうけど、あいつここ最近行方を眩ませてるし、一番頼りになるシエル先輩だって今は教会とかいうところに帰ってるし。
 畜生、まったくどうなってるんだ。

「それで、なんでいきなり今まで俺の肉体の一部になってたお前が出てくるんだよ」

「サンクロースからのプレゼントやろ。ほら、今日クリスマスやし。っていうか、サンクロースとトナカイ(ネロと、ワイこと鹿のエト)をプレゼント?」

「いらないっての! それに運ぶ方を貰ってどうする!!」

 なんて単純でいい加減な答えなんだ。
 また複雑怪奇な設定盛り込まれても詮無いが、それにしたって適当すぎるだろう。

「ええからええから、世の中はご都合主義と事なかれ主義で成りたっとるんや」

「それって凄い偏見じゃないだろうか…………」

 段々と元気に突っ込む気すら失せてきた。

  「はあ……わかったわかった、とりあえず切らないから、ネロの中に戻って。部屋が狭くなる」

「なんやつまらんなあ。もうちっと話させてくれたってかまへんやん」

「俺はエセ関西弁を喋る鹿なんぞと話したくない」

「つれへんな、志貴はん。まあええわ、それやったらワイの体、大切にしたってや」

 ぶつぶつ言いながらも、鹿は素直にネロの中へと消えていった。

「さて、これでエロ鹿が遠野家を暴れまわって翡翠や琥珀に猥褻な行為を働いたり秋葉をナイチチ呼ばわりしてキレられて屋敷がズタボロになるドタバタホームコメディは避けられたわけだが」

 妙に解説的な俺を感じつつも、気にせず思考を続ける。

 さて、それじゃあネロ本体の方を果たしてどうするか。
 あのまま放置しておく訳にもいかないし、このネロの体へと繋がってるらしい紐も何とかしなければならない。
 迂闊に動くと切れてしまいそうだから、ネロと一緒じゃないとこの部屋からも出られそうにない。
 くそ、今までの人生で最悪のクリスマスだ。

 サンタは子供に夢を与える存在だが、それと気づいた時同時に夢を奪う存在だ。
 だからって俺の希望まで持っていくなよ、サンタさん。
 俺はせめてもの気休めにと北極の方を睨みつけた。

「おい、ネロ。いいから起きろ」

 俺はベッドの上まで歩み寄り、毛布の上からネロの体を揺すった。

「んー、あと五分ー」

「どっかのギャルゲーの主人公みたいなこと言ってるんじゃない」

 もう俺は遠慮なく蹴っ飛ばして地面に転がした。

「うぐぅ、酷いよゆーいちくん」

「だ れ が ゆーいちだ!! いい加減場を弁えろ」

「まあ、瑣事だがね」

「大事だ!!」

 肩で息をする俺とは対照的に、ネロはゆっくりのんびりと落ち着いた動作で床から立ち上がる。
 その体はそれでもやっぱり巨躯を保っており、俺はかなり見上げなければ視線が合わない。
 こうしてみると、やはり死徒か。

「無粋だな、小僧。私は信教者ではないが折角のプレゼントだ、有効に使おうとは思わぬか」

「まさかお前の口から『折角だから』なんていう素敵な言葉が聞けるとはな……」

 なんだか、自分の中の常識が遍く反転しそうな勢いです。

「それで、どうなんだ。お前はこのまま大人しく消えてくれるのか」

「やだプー」

 ザンッ

 首に走るネロの線を切り払った。
 すると胴体と首が真っ二つに分かれ、頭は地面に転がる。
 もちろんすぐに結合するから大丈夫だと知ってての行動だが。

「が、がお……」

「っるさい! 頼むから中○さんの声で言うな!! ○宅さんの声ならどうでもいいけど」
「それは聞き捨てならない話ではないのか、人間」

「何が真ゲッター月姫だうわーん」

 ああ、俺にまで電波が流入してきた。
 このままではいかん。

「しかし小僧、先程から貴様は憤ってばかりのようだが、私も不思議でならんのだ。何故こうして姿を保っているのか」

 ネロは、もぞもぞと首を動かして胴体とくっつきながら云う。

「……どういうことだ?」

「一度は我と合間見えたことがあるだろう。ならばその言動などは把握しているな」
「ああ」

「そのお前の仲での私は、今の私と比べてどう映る」

「別人」
「で、あるな。私は常に今の私としてしか私を認識できぬ故、その観測は他者に委ねるしかないのだが、ここまで違っていれば記録に齟齬は生まれる」

 そう、急に真面目ったらしく無感動に語る様は、あのネロと一致する。
 しかしまた突然変なことを言い出すもんだから、やはりアレは完全ではないらしい。

「――――正直に言うとだな。私としてもこれ以上現世に留まるつもりはない。研究を続けるべく吸血鬼と相成った私ではあるが、往生際というのは弁えているつもりだ」

「それってつまり…………死んでもいい、と言っているのか」

「要約するとそうなるな」

「……………………」

 何だか、酷くそれは寂しいような気がした。
 確かにコイツは今まで何百人という人間を、無感動に、なんの優しさも与えずに殺してきた。
 実際俺だって殺されかけたし、その時の怒りは今でも思い出せる。
 だがしかし、そんなヤツだって、やっぱり俺は死ねとは言えなかった。
 殺してしまった命はあるけれど、あいつだって生きているんだ。
 どうしようもない悪だけど……生きる限りは、生きるべきなんじゃ――――

「でもどうせ生き返ったんなら秋葉原行っていっぱいエロゲーを購……」

 ザンッ!

 前言……否、前思考総撤回。
 やっぱりコイツは死んだ方がいい。

  「世のため人のため悪の野望を打ち砕く遠野志貴。この絶倫の輝きを恐れぬのなら、かかってこい!!」

「ふむ……私の意識が流れ込んでいるようだな。肉体を共有しているせいか」

 訳のわからないことを叫んだ俺に、17分割されたネロが冷静に語った。

 なるへそ、俺がおかしいのもネロのせいか。

「それで、お前さんが消えるにはどうしたらいいんだ」

「そうだな……問題は、私とお前の人格が存在していることだ。然るに、肉体の共有のみならず意識の共有を図れば、自然と我の小さい私は消える」

 意識の共有……か。
 あんまりいい予感がしないが。

「で、どうすればいいんだ?」

「なに、簡単なこと。一番確実な方法は、同じ思考に至ることだ。そしてまったくの他人が、同じ思考、気持ちというモノを感じる方法は……」

「――――なんだよ」

 ネロは、17分割された体の合身を終えると、俺の方を気恥ずかしげにちらりと見た。
 頬は赤く染まり、それはまるで恋する乙女のよう。

 まあ、なんて可愛らしくないどころか吐き気を催しかねない素敵な表情なのかしら。

「志貴くん…………私初めてだけど、痛くしないでね」

「…………は?」

 ネロハ/ナニカ/ヨクワカラナイコトヲ/イッタ

「つまり や ら な い か」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「まあ待て、男の方には女と違って精神的だけでなく肉体的にも感じる部分を持っている。そのうちよくなるさ」

「ノオオオオオオオ!!!!」







 そしてそのひ ぼくはとてもすばらしいけいけんをしました

 ねろくんもいなくなったし ばんじかいけつです

 いままでいきてきたなかで いちばんのくりすますだとおもいました

 下から。


 絶倫超人はレベルが上がった。
 疲れがたまった。
 やる気が下がった。
 アルクェイドの評価が下がった。
 秋葉の評価が下がった。
 シエルの評価が上がった。





「ギャー!?」

 大量の脂汗を撒き散らしながら、俺はベッドから跳ね起きた。

「はぁ……はぁ…………あ?」

 そこはいつも通りの朝で、いつも通りの俺の部屋。

 朝日は清々しく差し込んでおり、なんとも美しい朝だった。

「…………夢?」

 なんだ、今のは夢か?

 もしかしてアレはただの悪夢?

 大丈夫かどうか、ちょっとソコを触ってみる。

 痛くない。 「……ふぅ、良かったあ」

 あっぶねー、あれが現実だったらどうしようかと。

 夢でもよくないがとりあえず夢でよかった。

 ふと枕もとを見ると、そこではレンがぐっすりと寝ていた。

 なるほど、またレンのイタズラという訳か。

 それにしても夢オチとはまたいい加減な締め方だな。

 ま、いっか。

 現実ならシャレにならないことはみんな夢オチにすれば世界は平和なのさ。

 …………まあ、問題発言ではあるとして。 「んじゃ、もう一眠りするか!」












糸冬  






あとがき
 /(;´Д`)\ やっちゃったー!!
 という感じのSSですね、はい。
 管理人様のお誘いを受け、安直にやりますとか言ったからさあ大変。
 一日二日でマトモなの書ける程速筆じゃないんよ、あたし。
 そういう訳で初めまして&こんにちわ、10日程前から月姫のSS書き始めたド素人の岐 美海(ちまた みうみ)です。
 前半は比較的にモノ考えてやってたんですが、後半からはもうどうでもいいノリに。
 一応クリスマスですからクリスマスっぽい発言はしたんですけど、大して意味ないし。
 そんでトドメはコレです、ええ。
 モテない男はコレで愉しんでなさいという神の啓示でしょうか。
 うわあ、宮本くんとマーテルさんが迫ってくるー。
 時間的な余裕をあまり取れなかったのでこんな事態に陥ってしまいましたが、どうか温かい目で見つめてやってください。
 そんな鳥のフンまみれになったランボルギーニを見るような眼で見ないでくださいませ(汗
   まあ、我ニオチ無シ。  それでは皆さんよいお年を、とか言ってみる。











はい、最初にSSくれたちまたみうみさんでした。

あれです、クロスオーバーのハイテンションSS書いてらっしゃる方です。

なんつーかこうあれですね。
ネロでSSかこうなんて思いつきもしなかった俺から言わせれば視野が広いなと。

そうですね。気が向いたら俺も書いてみようかいや?


んでは、申し訳なのですが更新時間が迫ってるのでこの辺で。







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