病める季節、看取る月





悪い夢を見ていた気がする。
ひどく長い吐き気がするような悪夢。
内容は覚えていないが、手にまとわりつく血の感触だけは鮮明に残っている。
「四季さま?起きていらっしゃいますか?」
控えめな声とともにドアをノックする音。
「そろそろ起きないと学校に遅刻してしまいますよ」
制服を手にした琥珀が部屋へと入って来た。
「ああ、すまない。今起きた。」
「どうしたんですか?ひどい寝汗・・・」
言葉よりも早く左手首の脈をとるその仕草は、
不思議な安堵感を俺に与える。
「いや、夢見が悪かっただけだ。大丈夫。」
「なら良いのですが・・・。朝食が出来ていますよ。お早くお着替え下さいませ。」
にっこりと微笑んで部屋を後にする琥珀。
親父が死んで半年。傷は完全に癒えないまでも
少しづつ笑うことが出来るようになった琥珀を俺は心から嬉しく思った。
「四季さまー。何してるんですかー。早くしないと、朝食終わってしまいますよー。」
階下から聞こえる少し怒ったような声。翡翠だ。
元気なのは良いが、朝から少し騒々しすぎる気もする・・・。
「うるせーな。今降りるだろ・・・。」
階段を降りて食堂に向かう俺を待ち構えるような翡翠の視線。
「まったく、毎朝毎朝、どうしてそうお寝坊なんですか。
朝食を一緒に食べようと30分も前から秋葉様は待ってらっしゃるんですよ?」
「学校が違うんだから、わざわざ待ってなくて良いといつも言ってるだろうに・・・」
文句を言う翡翠の横を通り過ぎるようとした俺の脛を思い切り蹴飛ばす翡翠。
「ってー。なにすんだよ。」
「秋葉様のお気持ちがわからない薄情者には当然の報いです」
涼しい顔で、通り過ぎる翡翠。いつか仕返ししてやる・・・。

「おはようゴザイマス。」
台所ではエプロンを付けた志貴が何かを言いたげに笑ってやがる
「・・・なんだよ。」
「べつにー。それより、今日の朝食は和食でよろしかったですか?」
「なんだ、今日はお前が当番か?」
「イヤなら食うなよ・・・」
そう言いながらも、手際良く御椀に味噌汁を注いで俺の前に出す志貴。
「お前といい、翡翠といい、どうしてこううちは態度のなってない使用人ばかりなんだ・・・」
独り言を呟いた俺の前で秋葉が楽しそうに微笑む。
「ご自分でお選びになったくせに、文句を言うなんて変なお兄様。」
親父が不慮の事故で死んだときに、俺は秋葉と相談し、すべての使用人を追い出した。
ただ、今は身寄りのない未成年の志貴と翡翠。それから親父の犠牲になった琥珀だけは、
成人するまではこの家において、親父のしたことに対して出来る限りの罪滅ぼしをしたい。
俺達の提案に、3人は世話になる以上は使用人としての責務も果たすと言う条件で受け入れてくれた。
 本当は堅苦しい身分なんて言うのは苦手なんだが、
あいつらは以外と頑固で、言い出したら聞かないから仕方がないと諦めている。
とにかく、俺たちの食事が終わらないうちは志貴達も学校には行けないのだから、
急いで食事を終えることにしよう。

「では、みなさん、行ってらっしゃいませ」
玄関で頭を下げる琥珀に見送られて4人そろって家を出る。
「お兄様達。明日は模試なんでしょう?大丈夫なんですか?」
「心配しなくても大丈夫だよ。それより、翡翠ちゃん。授業は辛くない?」
俺の言いたいことをそっくりそのまま志貴が言う。
「はい。秋葉様が教えてくれますから。」
「そっか。ならいいんだ。」
戸籍すらなかった2人に人並みの肩書きをつけるため、
無理やり翡翠を高校に押しこんでは見たが、
やはりきちんと生活しているかは気になる。
「琥珀も早く集団生活が出来るようになると良いのだけれど・・・」
「そう言うことは焦っちゃいけないらしいから、気長に待とうよ」
秋葉のため息に微笑む志貴。なかなか良い雰囲気だ。
この朴念仁に、秋葉と翡翠。両方が惚れているらしいが、
兄としてはやはり秋葉に上手く行って欲しい。
「あ、ほら、秋葉様、急がないと遅刻しますよー」
ちょっと憮然とした表情の翡翠が秋葉の手を引っ張る。
「あ・・・。はい。それではお兄様。志貴兄さん。また後でー」
翡翠にひきづられるようにして、女子高の方へ姿を消す秋葉。
あの二人性格を足して2で割ればちょうど良いと思うがどうもそうはいかないらしい。

「あれ?四季。あいつ知ってる?」
同じ学校の制服を着た女の子が俺達の方を見ていた。
「しらねー。」
だけど、どこかで見たような顔。
彼女は懐かしいような微笑を浮かべて俺達に頭を下げると
校門へ向かう人込みに姿を消した。
「お前の知りあいじゃないのか?」
「うーん。見覚えはあるような気はするんだけどなあ・・」
中途半端にもてるくせに自覚がない奴はコレだから困る。
悩む志貴に肩をすくめた俺は早足で教室に向かった。



いつもと同じ単調な授業が過ぎ、昼休みが来た。
俺は中庭の葉桜の下で一人。琥珀の作った弁当を広げて空を見上げていた。
友人が居ないわけじゃない。普段は志貴や最近知り合った乾とか言う奴なんかと
学食でくだらない話をしながら蕎麦なんかを食ってる。
だが、今日は久しぶりに琥珀が弁当を作ってくれた。
自分でも可笑しいが、なんだかそれは凄く神聖な物のような気がして、
間違っても品の無い会話の合間に無造作に口に運ぶことは出来なかったのだ・・・。
薄い水色の空。なんだかどこか無理して笑うあいつの笑顔のような空。
どうやったら、本当に真っ青にしてあげられるのだろう・・・。
 ふと気づいた俺の視線の先に女が立っていた。朝の女だ。
何か言いたそうな顔で俺を見ている。
「俺に、何か?」
「・・・・・ずっとここに居るつもりなの?」
「は?・・・」
「思い出せないなら良い・・・」
寂しそうに呟いて女は校内へと走り去っていった。
「なんだ・・・アレ」

女の変な言動が脳裏から離れず俺は午後の授業の間ずっと考え込んでいた。
いったいあいつは誰で、あの言葉の意味は・・・
「悩んでるときは3年のなんとかって言う留学生に相談すると良いらしいぜ」
俺の表情を読んだ乾が楽しそうに耳打ちする。
妙な所でカンの鋭い男だ・・・。
「ああ・・・。自分でも良くわからないけど
妙に気になってな・・・。でも、まぁいいか。考えても仕方ないしな。」
とりあえずこんな表情で、家に帰れば秋葉や翡翠たちにも心配を掛ける。
思考を停止しよう。それに、こんな事に悩むのは、なんだか俺らしくも無い。
「そういや、志貴居ないな・・・もう帰ったのか?」
「七夜なら、今日は例の金髪のねーちゃんとDATEだとかで先に帰ったぜ・・・」
「相変わらずまめだな・・・。乾は?帰らないのか?」
「5時から駅前スーパーでタイムバーゲンだからな・・・。時間調節だ」
「バーゲン?」
「・・・・人参が詰め放題500円なんだよ」
この男とバーゲンで食料品と言う組み合わせが妙に可笑しくてつい何度も聞いてしまった。
人は見かけに寄らないと言う良い例だろう・・・。
「じゃあ俺も帰るかな?」
「おう。じゃあまた明日なー」
アシタ?一瞬なぜか感じた違和感を打ち消すように頭を振った俺は夕日に染まった教室を後にした。



 夕日に照らされた駅前通りは何処かノスタルジックな気持ちを呼び起こす。
大人に成るにつれて無くしていった無邪気な何かを懐かしむようなオレンジの街並み。
あの頃大切だったもの達を何一つ失うことなく成長できた俺はとても幸福なのかもしれない。
 不意に誰かに呼ばれたような気がした。
辺りを見まわす俺の目に普段は何気なく見過ごす細いわき道が止まる
「こんな所に道なんてあったのか?」
ふと興味を抱いて、踏み込んでみる。
初めて通るのに、どこかで見たような概視感覚を覚えるような道。
なんだ・・・。この感覚は・・・。
ソッチニイッテハイケナイ・・・。
深層心理の奥の何かが悲鳴を上げ初めている。
ダメダ。オモイダサセルナ・・・。
意識とは無関係に引きづられる足が向かった先に広がる
古い映画で見たような路地裏。
いつかの夢で見たような概視感覚。あたり一面に広がる紅い闇と血の匂いの錯覚。
イヤなイメージが纏わりつく。触れてはいけない何かがあるような気がする場所。
「ここは・・・」
「遠野さん。」
振り向いた俺の目の前にたたづむ血まみれの女。
「ぅわー。」
「迎えに来たのに、悲鳴上げるなんてひどいじゃないですか」
少し怒ったように微笑む女。どうやら血まみれに見えたのは俺の錯覚だったらしい。
「・・・すまない・・・。ええと・・・今朝から何度もあってるよな?」
困ったようにため息をつく女の肩でゆれるツインテール。
「本当に忘れちゃってるんですか?・・・私のことも・・・。ひどいなあ」
本当に切なそうな表情の女。この顔を確かに俺は知っていた。
「一人だけこんなところに逃げるなんてずるいよ・・」
小さく呟いて悲しそうに俯く女。
こんな表情をさせてしまった理由が、確かに俺にあるということも・・。
「・・・すまん」
なのにどうして忘れていたんだろう・・・
「・・・すまない・・・さつき・・」
顔を上げた俺の目の前で急速に色を失う世界。
風化するように現実感の薄れてゆく風景。
全ては夢・・・。
もし俺が反転しなかったら。
もしあの頃のようにずっと暮らせたら。
全てを壊した俺が見る自分勝手な幻想の世界。
「・・・・・・。ありがとな。迎えに来てくれて。」
何も言わず、さつきは泣きそうな顔でもう一度微笑んだ。



かなりの至近距離に見なれた顔が心配そうに俺を覗きこんでいた。
「何してんだ?」
「あ、よかった・・・。全然動かないからてっきり死んじゃったのかと思った・・・」
ほっとした様に微笑むさつき。
「あのなあ・・・。とっくに死んでんだよ。俺たちは・・・」
「それもそうだね。でも幽霊でも眠るんだね。」
さつきは面白そうに笑うと、俺の傍に座りなおす。
「そうらしいな」
「良い夢見てたの?なんか遠野さん凄い幸せそうな顔してた。」
「・・・悪夢だよ。物凄い悪夢。
お前が助けてくれなかったら永遠に出られないような酷い夢だよ。」
一瞬なんのことか判らないと言うように首をかしげるさつきの頭を
思い切り撫ぜながら俺は微笑む。
「ありがとな?さつき」
この空の上から何が出来るかは判らないけれど、俺はこれから
できる限りのことをしていかなければいけない。
幻想に逃げている暇なんかないはずだ。
俺が壊した大切な奴らがみんな幸せな笑顔を浮かべてくれる日までは・・・。









ホントすいませんでしたぁ!
最近のあんなことそんなことでこんな事態になってしまいました。

とにかく!とにかくすいませんでした!








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