遠野志貴 反転衝動 事後編(偽)





遠野志貴 反転衝動 事後編(偽)







…………ふと、目が覚めた。



 窓から差し込むツメタイヒカリ。
見えない何かに怯え、小刻みに震える自分の身体……両腕を回し、護る様に掻き抱く。
本能の感じているモノを、暦の上では冬に入りその厳しさを増してきた寒さの所為にし て、肉体は今一度温かい布団の中に沈もうとする。

…………そういう訳には行かない。

半身を包む寝具を足で蹴り飛ばし、逃避する事など叶わない『今』に己を無理やり向き合 わせる。
猶も安穏を惜しむ身体を脳から生じる力で引き剥がし、慣れ親しんだ寝床から立ち上が る。
僅かに崩れた衣服を直し、緩慢な動きで机に近づく。
一番大きな引き出しを開け、あらかじめ用意しておいた道具類一式を手に取り、念の為再 度の確認を行う。

…………うん、大丈夫。準備は出来てる。

片手にソレを下げ、向かう先は部屋の戸。
その先にあるものは見慣れた廊下であるというのに、どうしても非日常を感じてしまう。
若干の逡巡の後、ノブを捻る。

……さぁ、行こう。後始末をつけに……



 目の前に顔がある。
“絶世の”とまでは言えないにしても、十分整った美しい顔。
静かな呼吸に合わせて緩く上下する胸に、一瞬目を奪われる。
そこに埋まり朝を迎えることができたなら、果たして如何程の悦びだろうか?

……まぁ、実際には、そんな事できる筈もないのだけれど。

脳裏を掠める甘美な思い付きを振り落とすように、二・三度すばやく頭を廻らす。

……急がなければ。

眠るその人の目を覚まさせないよう、細心の注意を払いながら、その右腕を取り……



―――ミギテニニギリシメタモノヲ、ヒトオモイニツキサシタ―――



……かちゃんっ……
ほんの小さな音を立て、扉が完全に閉まったのを確認し……

「……あは〜!『みっしょんこんぷりーと』ですよ〜」

私は安心のあまり、誰にともなく呟いた。



事の始まりはと言えば、先日ちょっとしたツテで面白い材料に出会った事だ。

『セイカクハンテンダケ』

あからさまに怪しい名称……無論一地方での俗称なのだが、正式な学名がないという驚き の一品だ……に、胡散臭すぎる効能。

『人為的な反転衝動(非混血ヴァージョン)の誘導』

言うまでもないことだが……即行で買った。
当然だろう。
うそ臭さなど百も承知だが、面白すぎる。
私達のようなクスリに関わる者は、何よりも『学術的萌え』を優先する。
十中八九徒労に終わろうと、これ程の珍品を見逃すわけには行かない。
幸い私には多くの協力者がいる……一々彼らの同意を取ったりはしないが……被検体には 困らない。
本物だったらちょっとした大発見になるソレを、現ナマ十数枚で買い取った私は、屋敷に 帰ると早速『反転薬<クレナイセキシュDX>』の調合に掛かった。
そして…………

「まさか、あそこまで見事に効くとは……瓢箪から駒ってやつですね〜」

昨日の夕飯に混ぜて志貴さんに<クレナイセキシュDX>を服用してもらったら、これが 大当たり!
ものの見事に反転した志貴さんは、今日一日、秋葉さまを始め皆さん相手にやり放題。
密かに監視していた私は、此処最近なかったほど大笑いしてしまった。

………………まぁ、大事な大事な翡翠ちゃんにまで被害が及んでしまったのは不覚だった けれど。

結局クスリが切れた後、志貴さんは皆さんから復讐され、何時も通りボロボロに…………
シャレにならない状態になる寸前で、これまた何時も通りお助けしましたが。
ちょっとだけ何時もと違う日常を終え、皆さん何時も通り夢の世界に旅立たれたようです が、私には一つだけ後始末が残っていた。
そう、それは…………

「これで依存性がなければオモチャとして完璧なんですけどね〜?」

そう、<クレナイセキシュDX>には……正確には素となったセイカクハンテンダケにだ が……かなり強い依存性がある。
服用後、反転衝動の原因である無意識下のストレスが完全に解消されれば問題ないのだ が、中途半端なところでストレスを残すと、再度<クレナイセキシュDX>を摂取し反転 することでそれを処理しようとしてしまうのだ。
…………少なくとも、マウスではそうなった。
ひょっとしたら人体には影響は出ないかもしれないが、念の為に手を打っておくべきだ。
そう考えた私は、屋敷の皆さんが寝静まり、ついでに翡翠ちゃんが志貴さんの部屋からは 幾分離れた場所を見回るこの時間帯に狙いを定め、あらかじめ調合しておいた『反転解毒 薬<フジョウカンノー皇帝液>』を志貴さんに注射しに来た訳である。
自分が見回り担当の時に来ようかとも思ったのだが…………策士たるもの、他人の動きを 把握できる状況下で暗躍すべきだ。
翡翠ちゃんは良くも悪くも職務に忠実。
少々私の態度に不審を抱いていたとしても、自分の仕事中にこちらを付けて来たりはしな いはず。

「とは言え、何時までものんびりしてると危険ですからね〜。やる事はやったし、さっさ と部屋に戻りますか〜?」

そう、何時までも此処に留まっているのは危険だ。
明日からは何時もの仕事に加えて<クレナイセキシュDX>の改良という課題に取り組ま ねばならない。
さっさと布団に潜って、翡翠ちゃんとの交代までの間、少しでも睡眠をとらないと……。



そうして、僅かに足早に廊下を歩き出したら…………

ガコンッ!!

妙に聞きなれた音とともに…………

「…………あは〜!?」

足元が消えた。



……………………ああ、どうして気づかなかったんだろう?

志貴さんは今日一日反転してて、普段接する人全てにやり返していたのだから…………

当然、私にも何か仕掛けてくるはずじゃないですか。

…………まさか、私の廃棄したトラップを再利用してくるとは思わなかったけど。

「策士琥珀、一生の不覚ぅぅぅーーー!!」

あぁ、まさか自分であの地下王国を相手にすることになるなんて…………なんて無様。



バタンッ!!

閉じた床の傍らに黒い人影。
その人物……寝巻き姿のメガネの青年は、冷たい月の光条を受け…………

…………ニヤリ…………

普段の彼とは違う、なんとも微妙な笑みを浮かべた。



―――アア、キョウハ、コンナニモツキガキレイダ―――



「それにしても志貴さん……明日の朝ごはん、どうするつもりなんでしょう? 私がいな かったら翡翠ちゃんの料理を食べるしかないって、ちゃんと分かっててやったんですかね 〜?」







<<あとがきっぽいもの>>

 初めまして、皆々様。
へっぽこ初心者SS書きの『黄昏のあーもんど』と申します。
普段はナデシコSS書きなので、滅多にお会いする事はないかもしれませんが、一応お見 知り置きの程を(笑)

さて、このSSですが、7777キリ番ゲット時にこのサイトのオーナーであるペースケ 氏にリクエストしたものの後日談になります。
ペースケ氏には実に書きにくいお題を押し付けることになってしまいましたが……一読し て見事に電波を受信しました(爆)
なもんで、ペースケ氏が書かれなかった『琥珀編』を半日で書き上げ、投稿受付規程がな いのに一方的に氏に送りつけてしまった訳です。
某所で拙作を御覧になったことがある方には周知のことですが…………はっきり言って ギャグは私の芸風ではないんですよね(汗)
お蔭で愚にも付かないしれものが出来上がりましたが…………まっ、電波ってそういうモ ンですし、良いでしょう。

では『ペーイズム』の更なる発展を祈って…………
このSSをペースケ氏とペーイズム訪問者全てに捧げます。

黄昏のあーもんど
11/10/2003


〜補足〜

黄昏のあーもんどといったら無駄な説明!ということで、私をご存知の奇特な方々にはお 馴染みの『今回の解説』の御時間です。
とは言え、今回はあまりありません。
ただ、一言付け加えておきますが……

>私達のようなクスリに関わる者は、何よりも『学術的萌え』を優先する。

私には専門柄、薬学関係の知り合いが大勢居りますが、間違ってもこんな属性をデフォル ト所有している訳ではありませんので。
彼らの大半は、ごくごく善良な一般市民です。
…………無論、例外は居りますが(苦笑)








以上、黄昏のあーもんどさんの投稿作品だったわけですが・・・・
一つだけいわせていただきたい。


あなたがへっぽこ初心者なら私はどうすればいいというのか。


サイトを閉鎖しなければならない勢いなのですが。
まあ、せっかくここまで続いているわけですし、なるたけ閉鎖はしたくないので残していきますけども。


さて、冗談はさておき黄昏のアーモンドさん、ありがとうございました。
他にも投稿してくださるという奇特な方がおられましたら、送ってやってください。
ほぼ確実に掲載させていただきますので。








戻る

SEO [PR] おまとめローン 冷え性対策 坂本龍馬 動画掲示板 レンタルサーバー SEO