双誕寂路









 まもなく季節が冬に移り変わろうとしている秋の夜。
 薄暗い路地裏は、凍えるほど寒くて。





 目が覚めてわかったことは2つ。
 もう家には帰れないということと。




 体が痛いのをなんとかするために、私が血を欲しがっているということだった。







双誕寂路




「はぁ…はぁ…はぁ…」

 荒く息をつきながら夜の街を歩く。
 もちろん疲れてるわけじゃなく、苦しくて、でもそれを直す方法に手をつけられなくて、苦し紛れに酸素を求めているだけだ。


「遠野君……」


 ずっと好きだった男の子の名前を口にして気を紛らわそうとしたけど、そんなことじゃこの息苦しさからは逃れられない。



 わかっている。本当は自分がいちばんよくわかっている。
 この体の崩壊をなんとかするには、同じ「人間」の遺伝子情報を「摂取」するしかないってことは。


 だけど、私は「それ」をするのが怖くて、こうして苦しんでいる。
 「それ」は肉体の安定と引き換えにわたしがわたしであるための何かが消えそうでとても怖かった。


・・・・・・・・・・・・・・・ぇ



 怖い。
 そう、それはとても怖い。わたしはわたしが今まで抱えてきた「わたし」というものが壊れるのが何よりも怖かったし、



・・・・・・・・・・・・ぇ・・・・・・・じょ



 自分が好きだった遠野志貴君へのこの気持ちを失うのもごめんだった。



「ねえ、遠野君……わたし、すごく辛いよ……」


 もう一度、喋ることすら億劫な体で彼の名前を口にしてみた。

 ……言ったところで彼が駆けつけてくれるわけがないし、こんな風になった自分を助けることなんてできないってこともわかっている。



 それでも。言わずにはいれなかった。

「わたしを助けてくれるって言ったのに……どうして遠野君は来てくれないのかな……?」

 自嘲気味に呟きながら、最後のほうは涙声になって消えていった。






「はぁ…はぁ…はぁ…」






 結局。この痛みから逃れる術なんてものはなく、私はこうして喉の渇きに苦しんでいる。







「おい。何無視してくれてんだよ」




 ふと、聞こえた声に頭をあげてみると、そこには明らかに不良といった出で立ちの男の人がいた。
 どうやらずっとわたしに話しかけていたらしい。自分を抑えるのに必死で少しも耳に入っていなかった。



「ったく、何度も声かけてんのによ」
「ぁ……え? わたし……?」
「他にだれがいるんだよ。いいからよ、ちょっと付き合えよ」
「いや……わたしは…………」
「いいからこいよ!」


 そう言うと男の人は私の手を強引に引いて歩いていく。
 余分なことに集中力を割く余裕がなかったわたしは、引っ張られるまま、彼についていった。













 そうして、さっき目が覚めた路地裏まで連れて行かれた。


「ったく、そんなかっこで夜出歩いちゃいけないよ?」
「あ……」


 呼吸をするのに必死で気づかなかったが、制服のままだった。
 そんなことにすら気づけなくなるくらい、今のわたしは自分を見失っているということか。


「しかもお嬢ちゃんみたいなかわいいのがいるとさ、つい襲いたくなっちまうじゃねえか」
「え? その……」
「ほら、ぼさっとしてるんじゃねえよ!」


 煮え切らないわたしに業を煮やした男の人が制服に手をかける。



「ぃ…………い、や……!」


 必死で突き放すと、男の人はちょっと意外そうにしてから


「手間かけさせんじゃねえよこのガキ!」


 わたしの顔を手のひらで叩いた。


 ぱん、と乾いた音が路地裏に響く。




「あ…………」



 それは痛めつけるためのものではなく、脅すためのものだったけど━━━━














━━━━「わたし」を抑えつけていたわたしを弾き飛ばすには十分な刺激だった。













 コノ人ハ、ワタシニ何ヲシタインダロウ?

 ワタシハ、一生懸命ガマンシテルノニ。

 一生懸命ガマンシテコンナニ苦シンデイルノニ。

 ガマン?ナンデ?ワタシハ何ヲガマンシテイルノ?

 ノド。ノドガ渇イタ。目ノ前ニハオイシソウナ水、水ガ沢山。

 ノドガ渇イタラドウスルンダッタッケ?












 ━━━━アア、ソウダ。蛇口チニ口ヲツケテ、オモイッキリ水ヲ飲メバイインダ。






「……やっとおとなしくなりやがった。そう。ガキはそうやっておとなしく座ってりゃいいんだよ」




 水道ガ近ヅイテクル。

 セッカク近ヅイテキタンダカラ、逃ガサナイヨウニシナクチャ。




「お?なんだ?急に抱きついてきやがって。そうか、お前こういうのが好きなのか」



 水道ガ何カイッテル。

 ドウデモイイ。コノ喉ノ渇キヲイヤシテクレルモノナラナンデモイイ。

 ソウシテ水道ノ首ニ手ヲマワシテ━━━━









 ━━━━思イッキリ、水ヲ飲ンダ。



















「……………あは、あはははは」

 目の前にはミイラがひとつ。


 そのミイラを見て「美しい」と思った自分がとても怖くて、愉快だった。


「あははははは…………!」

 ガマンしていた自分が馬鹿みたいだ。血を吸う事は、こんなにも簡単で、こんなにも気持ちいい。それに━━━━


「……わかった、わかったよ。貴方が抱えているもろい部分」


 今までずっとわからなかった彼の怖くて、弱い部分。それがなんなのかはっきり理解できた。

 それはつまり、わたしが彼と同じ世界に足を踏み入れたから。

 でも、まだ足りない。彼はもっと上質な人殺しだから。今のわたしじゃ釣り合わない。

 彼と釣り合うためには何をしなくちゃいけないかもわかってる。

 わかってるなら、準備をしなくてはいけない。


















「待っててね、志貴君。きっと、貴方にふさわしい女になって会いに行くから」






 そうして、わたしは「わたし」を残して、夜の街へと飛び出した。







あっれぇ〜〜〜?


なぜこんなことに?もっと救いのある話を書く予定だったんですけど。


過去最高級に黒い話になってるように見えるのは俺の気のせいなんでしょうか?

しかもリクエストは東海林さんから。

あの甘い作品を好まれる方のリクエストから生まれたのがダークかよ。




うん、こりゃもうごめんなさいとしかいいようがねえや。

………しかし、ほんとに甘いのは書けないんだな俺は。

あと、なんつーか、オチが弱いんだな、オチが。








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