ヒトガタ









「姉さん?」
「━━━━え?あ、ゴメン翡翠ちゃん。ちょっとボーっとしてて・・・・で、何の話だったっけ?」
「もう、姉さんッたら・・・・!私に料理を教えてくれるっていったのは姉さんじゃない」
「あ・・あはは。そうだったね。うん、じゃあそこの薄口醤油をおおさじ1杯加えて」
「うん・・・」
 翡翠ちゃんはちょっと不満そうな顔をしながら醤油を加える。
「だめよ翡翠ちゃん。翡翠ちゃんの味の好みは人とはちょっとだけ違うんだから、志貴さんにお出しするときはこうしたほうがいいの」


 今、私は翡翠ちゃんに料理を教えている。翡翠ちゃんが自分から頼んできたのだ。
 確かに、多少荷が重いかも知れないけれど、そろそろお料理の仕方を教えておかないと志貴さんが苦労するだろうから━━━━









ヒトガタ


「もう、一週間になるんですね・・・」
 裏庭の掃除をしながら一人呟く。


 秋葉さまが亡くなってから一週間が過ぎた。志貴さんは最初の2,3日はぬけがらのようになっていたけれども今ではなんとか普通の生活が送れるようになっている。

 翡翠ちゃんは辛そうではあるけれど、仕事を忠実にこなすように躾けられているので、自分の仕事だけはこなせている。このことを、今回だけは遠野槙久に感謝しなければならない。


 秋葉さまがなくなったことで「遠野家の当主に復讐する」という私の目的は達成されてしまった。今の私に残されたのは目的のない穏やかな日常とこの人形の体。

「ふぅ・・・」


 どことないむなしさを抱えて自分の部屋に戻る。
「・・・・・・・・・・」

 机の上には一枚の書置き。その小さな紙にはただ「二人で話をしたい」と書かれていた。

 待ち合わせの場所は━━━━


「・・・・志貴さん、気づかれたんですね」

 顔は知らず微笑みの形を作っていたと思う。
 普段は鈍いのにこういうときには抜群の勘のよさを発揮してくれる。

「ちょうどいいですね」








 本当はいつ死んでもよかった。秋葉さまが私を庇わずに四季さまに胸を貫かれても、役割を終えたその日に自ら命を断ち切ってもよかった。
 でも私は目的のない人形だからなにかきっかけがないと自分から動く事は出来ない。
 いつもやっている事をいつもどおりにこなすだけ。



「さて、いつまでもこうしてるわけにも行かないし・・・先に行って志貴さんを待ちましょうかね」
 幼い頃、窓から外を眺めている私にただ一人気づいた男の子。
 あの子がいなかったらあの頃の毎日はどんなに楽で、どんなに空虚なものになっていただろう。
 もう今ではどんなものか思い出すことができないけれど、私に最後の感情をくれた男の子。
 あの子に琥珀という名の人形の最後を見てもらうための小刀を手にしたとき、一筋の涙が頬を伝った。

「・・・・・・・あれ?」

 声を出したときにはもう涙はでていなかった。その涙が秋葉さまを殺したことへの悔恨から来るものか、自分の命を絶つことへの恐怖から来るものなのかは、結局最後までわからなかった。










「━━━━今でもわたしは朝に目が覚めると、もういないって解ってるのに秋葉さまのお部屋にいって朝のお茶を淹れて差し上げてるんですよ。おかしいでしょ?あの部屋には、もう誰もいないっていうのに」

 さあ、志貴さんに事の顛末を全て話して、これでおしまい。私というヒトガタは役割を終えて動く事をやめる。なんてことはない、ただそれだけのこと。


 血管は一本ずつチューブになって・・・
 血液は蒸気のように消えていって・・・
 心臓も何もかも・・・形だけの細工になる・・・
 ほら、痛いものなんてなにも、ない━━━━


 魔術師が使う呪文の詠唱のように自分に暗示をかける。
 志貴さんはこっちに走ってくるけど、さすがにわたしがこの手で心臓を貫く方が速い。


「琥珀━━━━!」
 私に駆け寄ってきた志貴さんは目から涙を幾粒も幾粒も流していた。
 志貴さんったら、男の子はそんな簡単に泣いちゃいけないんですよ?
「いいんですよ、志貴さん・・・志貴さんがいくら優しくても泣かなくていいんです。人形がひとつ、壊れた程度の話なんですから」
 せっかくそうして志貴さんに教えてあげようとしたのに、志貴さんは━━━━


「違う・・・・!琥珀は人間だ。人形なんかになれない・・・・・・!秋葉のことが好きで、翡翠の事をいつも気にかけて、俺とばか話をして笑っていた、普通の女の子なんだ。だから━━━━琥珀が、死ぬ事なんか、なかったんだ」
 そんなことを言ってきた。

 もう、せっかく痛くないように人形になったのに、志貴さんはわたしに最後の最後に痛い思いをしろっていうんですね・・・

 志貴さんが変な事を言うから━━━━

蒸気になった血液は私の体に戻ってきて、チューブだった血管は温かさを取り戻し、作り物だった心臓はわたしの中で脈打ちだした。




 ほら。人間に戻っちゃったら、刺した胸は、こんなにも、痛い━━━━



 そして私に感情が戻る。
 痛い。苦しい。死にたくない━━━━



 そんなことがひとしきり私の中に渦巻いた後━━━━






 ━━━━ごめんね・・・翡翠ちゃん・・・・・








 その感情を最後に、私の意識は闇に溶けていった。







ひっさしぶりに普通のSS書きました。
「シリアスは人に見せるものじゃなく、書き手が満足するためのものだ」
とかいうわけのわからん信条を持っているので基本的にはギャグしか書かないわけですが、
突発的に書きたくなったので、やってしまいました。

もちろん自己満足でしかありませんが、それでも読んでくださった方が感想をくれると嬉しかったりするのです。

また気が向いた時にでもふらりと書くかもしれませんね。
せっかく手に入れた金文体フォントを使ってみたかったというのは内緒です。


それでは、感想などありましたらお待ちしてますね。








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