階段を上る。一段ずつ、これが最後だから、世界に別れをつげながら、ゆっくりと、けれども立ち止まることなく足を進める。 彼が私の殺す準備をするための時間は与えた。 先ほど物が廊下に落ちる物音が聞こえたし、準備は整った。 すぐそばにあるロアの気配を感じながら階段を上りきって廊下を曲がる。 その先には全ての死を見る少年がいた。 スイッチの代わりに、戦う手段を手放した少年が。 「━━━━一つ、聞きますけど。どうしてメガネを外さなかったんです。どうして━━━━ただの一度もわたしと戦おうとしなかったんです」 わたしを救ってくれないんです、とは言えなかった。そんなこといえた義理じゃないし、それが彼を一番困らせることになると知っていたから。そんな彼だから、次にいう台詞も容易に想像がつく。 「・・・・そんなの、なんでもなにもない。━━━━そんなひどいこと、先輩にはできないだろ」 ほら、やっぱり。 わかっていた。この二週間で彼がどんな人間かはわかっていたけれど、その底なしのお人よしっぷりがちょっとだけ憎くなった。 そんなわたしの気持ちもしらず、彼は続ける。 「先輩と過ごした時間は、とても楽しかった。先輩にとってはどうでもいい時間だったかもしれないけど、俺にとっては大切だった」 ━━━━先輩にはどうでもいい時間だったかもしれないけど。 その言葉に大きく心を揺さぶられた。 わかってない、彼は全然わかってない。わたしがどれだけこの二週間幸せだったか。どれだけこの生活が偽物ではなく、真実だったらと祈ったことか。 その象徴である彼をこの手にかけることがどれほど辛いことか。 その気持ちを必死で押し殺して、 「━━━━わたし、色々な人を見てきましたけど。━━━━あなたほど馬鹿な人は、初めてでした」 それだけ言って、それこそ自分を殺すつもりで聖典を心臓に突きつけた。 簡単な事。他人を騙せないで苦しむなら、自分を騙せばいい。自分を騙して、あとはこの手にほんの少し力をこめればいい。 それだけで全てが終わる。この国での生活も、この人懐っこい少年も、今まで自分を縛っていた呪縛も、 怖いほど幸せで、飽きるほど楽しく、ちょっとだけ退屈な、満たされた日々も。 ほんの少し、その日々の残滓を残しておきたくて最後にこの少年の声を、頭に焼き付けようと思った。 「・・・殺さないのか、先輩」 「━━━━忘れていました。最後に、懺悔を聞いておかないといけません。わたし、これでも聖職者ですから」 「・・・・そう、懺悔なんてないけど、一つだけ、聞いていいかな」 「━━━━はい。手短にお願いします」 「・・・・・うん、すぐ済む。ただ、どうして先輩は、そんな泣きそうな顔をしてるのかな、って思って」 「な━━━━━━━━」 ━━━━自分の未練がましさを、指摘された気がした。 「━━━━わたしは、泣いてなんか、いません。私にある感情は、人間として死にたいというものだけです。それ以外の感情なんて、ない」 必死に自分についた嘘は、 「・・・・・ひどいな。最後まで、先輩は俺に嘘をつくのか」 彼の言葉に地金をさらす。 「今まで、すごく楽しかったんだ、先輩。有彦と俺と先輩でバカな話をしてるときは、悪くなかった。先輩がきてくれるだけで、夢みたいに楽しかった。・・・もう叶わないけど、きっとそれが俺の願いだった」 「━━━━━━━━」 自分で彼の声を焼き付けようと思っていながら、楽しそうにそんな事を話す少年の声を聞きたくなくて、銃剣を構えて、思いっきり踏み込んだ。 「━━━━」 でも、踏み込んだはずの足はほとんど動いてくれず、聖典はほんのちょっと彼の胸に沈んだだけだった。 彼は、そんな私を見て、何を考えたのか、 「・・・・・そっか」 そう呟いて目を閉じた。 「あ━━━━」 その安らかな顔をした彼を見て、不覚にも声がでた。 指先は死への恐怖で震えているのに、私に心配をかけまいとしているのか、顔にはその感情が表れなかった。 「どうして━━━━どうしてそんな、わたしを恨まないでいられるんですか」 いけないとわかっていても、我慢できずに動き出した口はそこで止まってはくれなかった。 「それとも、本当に馬鹿なんですかあなたは・・・! わたしは、貴方を汚らわしい吸血鬼として処理するんです。なのに、どうして━━━━」 そこまで動いて、やっと止まってくれたわたしに向かって彼は、 「━━━━だって。それは、先輩のせいじゃないだろ」 そんな台詞を口にした。 その言葉が優しすぎて、重すぎて、彼に嫌われたくて、自己嫌悪に押しつぶされそうになりながら銃剣を少しだけ動かした。 「っ━━━━あ、ぅ・・・・・っ!」 「━━━━痛いでしょう。本来なら痛みなんて感じさせないように消してあげられるのに、こうしてわざと貴方を苦しめているんです。 ・・・・・いままで貴方に付き合わされた分、こうでもして楽しまないと帳尻が合いませんから」 晒した地金を必死に嘘で塗り固める。 「ほら、わたしが憎いでしょう遠野くん。だから、だから早く恨んでください・・・・!わたしに裏切られたって、わたしなんか信用しなければよかったって言ってください。そうでないとわたし━━━━貴方を殺すことが、できないじゃないですか・・・・!」 殺したいのは、痛めつけたいのは彼か。それとも、自分の心か。 わからないまま、彼に感情をぶつけた。 「まさか。先輩を恨むことなんて、できない」 それでも彼はわたしを責めてくれない。 「や━━━━め」 自分を守る嘘という名の鎧がどんどん脆くなっていく。 それでも、最後の最後、その一握りの防具を武器に変えて転生批判の聖典を構えなおして、決意を固める。 大丈夫。殺すのは彼ではなくて、自分自身。 そう言い聞かせて築き上げた砂の城は、 「ありがとう。たとえ嘘でも━━━━先輩が先輩でいてくれて、良かった」 彼の一言でたやすく崩れた。 「うあ・・・・あ、ああ、あ」 限界だった。涙がとまらない。止まってくれない。 「うああ・・・あ、ああっ・・・!」 「・・・・先、輩」 困惑したような声を出す彼の顔も見えない。 「・・・ずるい・・・遠野くんは、ずる、い・・・・・!できない・・・わたし、自分だっていつでも殺せるのに、あんなコト言われたら、できない・・・・!ありがとう、なんて━━━━そんな幸せそうな人を、死なせるなんて、ヤダ━━━━」 わけもわからずに、ただひたすら泣き続けた。 「う、うう・・・うあぁぁぁぁぁぁん・・・・・・!」 「もう━━━━なんだっていきなり・・・!」 ついに声を上げて泣き出したわたしを彼が抱き寄せる。 「ごめん、なさい・・・!ごめん・・・なさい・・・!」 後悔に押しつぶされそうで、死ぬほど悲しくて、彼に謝り続けた。 「━━━━先輩。俺、先輩がすごく大切だ」 「━━━━━━━━」 「先輩には生きていてほしいんだ。お願いだから・・・・・死ぬことが望みなんて、言わないでくれ」 そんな遠野くんの言葉が優しくて、胸に痛くて、彼の胸に当てた手を、ぎゅっと握り締めた。 でも、それでも━━━━ 「だめ、ですよ。そんなの━━━━ 私はお父さんをお母さんを殺したから、みんなを殺してしまったから、こんな体になったから━━━━私は早く一秒でも早く、死なないといけない」 ようやく冷えてきた頭で言葉を探して、遠野くんにそう伝えた。 「違う・・・・!悪いのはロアのヤツだ。先輩が死ななくちゃいけない理由なんて、どこにもない!」 「でも、生きていてもいい理由もないじゃないですか」 それで、完全に冷静になった。 ロアである遠野君を殺せなかった時点でわたしがここにいていい理由はない。理由がないなら、消えなければいけない。 「・・・さよなら。ありがとうって言ってくれて、本当に、嬉しかった」 そう伝えて、遠野君から離れようとして━━━━ また引っぱられた。 わたしを抱きしめて、引きとめようとして、冗談めかして場を明るくしようとしている。 その様子が、どう見ても無理をしていて、とても滑稽で・・・・・ 「・・・・・・・・・・・・ばか」 何よりも、嬉しかった。 そのままわたし達は、自然に、とても自然に、触れるだけの、軽い口づけをした。 その後、二人で学校を出た。 遠野君を助ける方法があるかもしれない。わたしはもうなんとしても遠野君を死なせたくなかったし、誰にも傷つけさせるつもりもなかった。 たとえそれがどんな方法だろうと遠野君が助かるのなら藁にでもなんでもすがりつこうと、そう決めた。 ねえ、お父さん。わたしの罪はこれから先もずっと消えることはないけれど、私は、もう少しだけ、この人の傍で生きていてもいいですか? 聞いてますか?お母さん。わたしは罰を受けてないけど、もう少しだけ・・・・・この人の傍で、笑っていても・・・・・・いいですか・・・・? 幻視に過ぎないだろうけど、暗い空の中、お父さんとお母さんが、穏やかに微笑っている。 そんな気がした。 |
さて、以前に完全版があったと言う話をしたら「書いてくれい」と言われた完全版です。
やーっと書き終わりました。
勉強に当てるはずの時間がものの見事に吹っ飛びました。
なぜこんな日を選ぶのかおれは。
それでも、少しは救いのあるラストになったからまあいいかなと。
あ、誤解のないようにいっときますけど、このページにあるカッコ内の台詞はほぼ100%原作のものです。
なるべく、改変はしたくない派なんで。
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