孤島の花
後輩たちには人気があって、友達もわりと多いほう。 ちょっと自意識過剰かもしれないけど、まあ大体こんな感じで間違いはないと思う。 でも、おおむね幸せだと思っていた学校生活は──── あの夜を境に一変してしまった。 孤島の花 ヒソヒソ…… 廊下を歩くたびにどこからか声が聞こえる。 こんな一昔前のドラマみたいなシチュエーションが実際に起こりえるなんていうことが冗談みたいで笑えてきた。 ただ、主演女優が自分であるという事実だけがほんの少し寂しくはあったけど。 どうしてこうなってしまったのか。 弓道場に向かいながらあの夜のことを思い出していた。 路地裏で倒れていたあの日。 着ていた制服はボロボロで、自分という存在を認識できずにふらふらしていたところを補導されたらしい。 まったく記憶が残っていないのにちゃんと家に帰れたところを見ると人間というのは案外精神的に頑丈にできているようだ。 そして、2,3日休んでから学校に行くと、築き上げてきた全てのものが壊れていた。 「……しょう……主将」 「……え? 何桜?」 「何桜? じゃありませんよ、さっきからずっと呼んでたんですよ?」 「あ……ああ、ごめん。で、なんの話だっけ?」 「次の大会のメンバー決めです。最後の一人が決まらないって話をしてたんですよ」 「……そうか。ああ、そうだったね」 「…………大丈夫ですか、主将?」 一年下の後輩が心配そうな顔でこちらを見てくる。 桜もわたしの噂については知っているはずだ。なにしろあの間桐の妹だ。 間桐がこんな話に食いつかないわけがない。さぞかし嬉々として話回ったことだろう。 「…………ごめん、桜。今はちょっとものを考えられそうにない。あんたと副将で決めといて」 「……はい……」 「じゃあ、わたし今日のところは帰るわ。悪いね、勝手ばっかり言って」 「いえ……お体に気をつけてくださいね」 桜の心配そうな顔に耐えられなくてわたしは弓道場を飛び出した。 あのまま桜と話していたら崩れてしまいそうだった。 どんな状況にあろうとも、後輩に情けないところは見せられない。 こんな時まで信条を持ちだす自分の律儀さが滑稽だった。 でも、それが今まで守ってきた「わたし」だから、部を抜け出してでもあの場にいることはできなかった。 家に帰って熱々の紅茶を飲もう。 その後ゆっくりお風呂に浸かって、早く寝れば、もうすこしがんばれそうだ。 そうして制服に着替えて校門に差し掛かったときに教室にカバンを忘れたことを思い出した。 ただでさえ変な噂が広がっているのにこのうえ手ぶらで下校するなんて離れ技をやってしまったらどんなことになるというのか。 「はぁ……らしくない」 そう、こんなポカ普段のわたしなら考えられない。 噂の広がりに反比例して私は「美綴綾子」を失くしていく。 すくってもすくっても指から零れ落ちていく「それ」は果たしていつまでわたしをとどめておいてくれるのか。 「……って何考えてるんだわたしは」 ここ最近少しおかしかったが、今日のわたしは特に弱っているらしい。 急がないとちょっとシャレにならなそうだ。 そうしておかしな自分に半ばあきれながらわたしは教室へと足を進めたのだった。 夕方の誰もいない教室はなんだか寂しくて、同時にちょっとだけ安心できた。 「あったあった、と」 カバンを手に取り、机に目を落とす。 「もしこれで机に落書きなんてしてあったらいよいよもって学校ドラマなんだけどな」 それもとびっきり出来の悪いやつ。 どうやら自分には作家の才能はないようだ。 自嘲気味な微笑みを浮かべて教室を出ると、 「お、どうしたんだ美綴?」 見知った顔にあった。 「衛宮…………」 「なんだその幽霊にあったような顔は」 「……いや、なんでもない。そんなことよりあんたこそどうしたんだ? こんな時間に」 「いや、また一成に頼まれてな。音楽室のストーブの修理だ」 「なるほど……世話好き、っていうか物好きだな、衛宮は。わたしの方は、まあ忘れ物をとりに来ただけで、今帰ろうとしたところ」 「そうか……まあせっかく会ったんだ。お茶でも淹れてくるからちょっと座ってろ」 「いや、わたしは今日は……」 「いいから付き合え。そんな顔した女の子をほったらかしにしては帰せないだろ」 「え………?」 驚いた。確かに少し沈んでいたけど、衛宮にそれを悟られるなんて。 ポーカーフェイスには自信があるほうだっただけにちょっとショックでもあった。 「どうした? ゆっくりしてていいぞ」 いうが早いか衛宮は歩き出していってしまった。 「……衛宮はそういう女の感情の変化には疎いほうだと思っていたんだけどな……」 そのつぶやきは廊下の向こうに消えていく衛宮に聞かれることはなかった。 「ほら、熱いからゆっくり飲めよ」 「ああ……熱ッ!」 「バカ、俺の話聞いてたのか」 「う、うるさいね。ちょっとドジ踏んだだけだろ」 衛宮の入れてきたお茶は緑茶ではあったけどわたしが飲みたかった熱々のものだった。 そんなちょっとした出来事がわたしを追い詰める。 「なあ、美綴」 「ん?」 衛宮がお茶をすすりながら話しかけてきた。衛宮自身はあまり熱い飲み物に強いらしい。 「最近のお前の噂のことなんだけど……」 「………………!」 平静に振舞おうとはしていたが、突然のことだったので体が一瞬強張ってしまった。 もちろん目の前にいる衛宮にも見られただろう。 「……………」 衛宮は何もいわない。 沈黙に耐え切れなくなったわたしは一人しゃべりだした。 「まあ、確かに路地裏にいたのはホントっぽいしさ。わたしは大丈夫だよ」 「…………」 「こんなのそのうち慣れてくるって。元々状況に適応するのは得意なほうなんだし」 「……美綴」 「それにさ。ほら、よく言うじゃない。人の噂も75日って。きっとすぐになくなるさ、こんなの。だから衛宮に心配してもらうことも」 「美綴!」 ビクッ! 衛宮が急に出した大声にわたしは続けるべき言葉をなくしてしまった。 「……いいんだよ。強がらなくても」 「……別にわたしは強がってなんか……」 「強がってるよ。お前、普段は自分からそんなにしゃべったりしないじゃないか」 「……! あんたにわたしの何がわかるっていうんだよ!」 衛宮のいったことが的確にわたしの心を射抜いたのが悔しかったのか、気づいた時には怒鳴っていた。 だというのに、衛宮はわたしから目をそらさずに言葉をつなげる。 「知らない。俺はおまえのことはあんまり知らない。……それでも、お前が女の子だってことくらいは知ってる」 「…………え?」 衛宮の言葉がすぐには理解できず、わたしは怒りも忘れて呆然とする。 「お前だって普通の女の子で、傷つきもするし、泣きもする。特別強くなんかない普通の女の子だってことくらいは鈍い俺にだってわかるよ」 「……………」 「だから、弱音くらい吐いても……いいんだぞ?」 衛宮の放ったなんでもない一言が。 「……………うぅ…………」 つぎはぎだらけの「美綴綾子」の限界だった。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 泣いた。恥も外聞も、ずっと守ってきた信条も、何もかも放り出して。衛宮にすがりながら声を上げて思いっきり泣いた。 「うえぇぇぇぇぇぇ……ひ、ひっく…わたし……なんでこんなことに……うぇぇぇぇぇ……!」 途中、衛宮が遠坂の彼氏だったことを思い出したが(自慢された)、すぐに忘れた。 この一時だけ、衛宮を借りよう。あの悪友ならきっと許してくれるはずだ。 そうして、わたしは衛宮の胸の中で泣き続けた。 「…………落ち着いたか?」 「……うん」 「……あんまり強がるなよ?」 「……うん」 「つらくなったら泣け。なんなら俺を呼んでもいい」 「……だめだ。衛宮は遠坂の彼氏だから」 「バカ。遠坂がそんなことで怒るか」 「……それもそうだね」 ホントは遠坂じゃなくてわたしの信条に反するから「ダメ」なのだが、せっかくだから甘えることにした。 せっかく守ってきた「わたし」だけど。そんなもの、今くらいは捨ててしまえ。 「あんたがわたしの彼氏だったらよかったのにな……」 何気なくもらしたのは、決して衛宮に聞こえないように言った独り言のつもりだったのに。 「……バカ。そんなことしたら俺ら二人とも遠坂に殺されるぞ」 しっかり聞かれてしまった。全く、この男はこういう変なところだけ鋭い。 「……それもそうだね」 でも、そんなところが衛宮らしくてとても安心できた。 噂という名の黒い影はこれからもわたしの付きまとうだろう。 でも、もう一人で耐えなくてもいい。 わたしの周りにはこんなにもいいやつがいるのだ。 せっかくだから甘えてしまえ。 そうすれば、わたしはいつでも「美綴綾子」でいられる。 証拠も実績もないのだが。この予想だけは、はずす気がしないのだ。 |
初めて書いたよFateSS。
子猫ちゃんのことは忘れろ。
まあ、さり気に時間もかかっておいおい更新のほうはどうなってるんだな時間になってしまうのですが
許してごぜえ。
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