むかーしむかし。あるところに、おじいさんとおばあさんがすんでいたそうな。 「いや、外見年齢上しょうがないかもしれないけど。ボク……おじいさん?」 「ウチはなんでおばあさんなんでしょうか……」 大人の事情で老人にされたおじいさんは毎日山へ芝刈りに。おばあさんは川へ洗濯に行きました。 おばあさんがいつものように川で洗濯していると、川上から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。 「ふ……岩が桃役とはな……」 「ま、まあ。なんておいしそうな桃なのでしょう。もって帰っておじいさんと二人でた、食べましょう」 なんだか棒読みのおばあさんは真ん中に顔の落書きがしてあるやけにごつごつした桃を持って帰ることにしました。 安藤隆の桃太郎 「またすごいものをもって帰ってきたね……」 「ウチだって物語の進行上関係なかったらこんな岩……じゃなくて桃絶対持って帰りませんわ……」 物語の構成に愕然としていたおばあさんでしたが、おじいさんもうまく芝居を続けてくれたので捨て鉢にならずにすみました。 「それでも、ここからたか様がでてくるかと思うとよだれが止まりませんわ……」 「あ、亜木さん。ちょっと落ち着かない……?」 「うふ、ふふふふ……」 おじいさんは、テンションの浮き沈みの激しいおばあさんをなんとか諌めようとしましたが、その足元には既によだれ溜まりができつつあったので説得を諦め額にチョークを打ち込み、強制的に正気に戻らせました。 「ウチ今何を……あ、そうそう。桃を食べるんでしたね」 一角獣よろしく額からチョークをはやしたおばあさんがどこから包丁をいれようか迷っていると、桃はひとりでに内側からはじけ飛びました。 「……おぎゃあ」 なんと、桃の中からはこれ以上ないというほど不本意そうな産声をあげて玉のような赤ん坊が出てきたではありませんか。 「あぁ、たか様……恵はもう死ぬまでたか様を離しはしませんわ……」 「亜木さん、演じる気とかもうさらさらないよね?」 おじいさんは、自分ひとりだけ真面目に演技をしてるのが少しずつ馬鹿らしくなってきました。 男の子は桃から生まれたので桃太郎と名づけられました。 「役柄とはいえ、藤林から生まれてくる羽目になるとはな……」 「なんなら藤林太郎にするかい?」 「絶対嫌です」 桃太郎はセンスの無い自分の名前を嘆きましたが、「苗字よりもう一個ついたような名前にされるよりマシか」と自らをなぐさめることにしました。そうでもしないとやってられなかったのです。 桃太郎はすくすくと育ち、三日後にはなんとも立派な成人男性へと成長しました。 「たか様、こんなに凛々しくなられて……ウチは感無量ですわ……」 「育つの速かったねえ」 「おじいさん、おばあさん。今まで育ててくれてありがとうございます。恩返しに僕は鬼ヶ島へ鬼を退治しにいってきます」 「恵もついていきとうございます……」 「亜木さんは毎日川で洗濯してればいいんだよ?」 こうして、悪さなどしていない鬼でしたが、ただ鬼というだけで狩られる羽目になりました。このような愚かな差別をする人の心こそが鬼なのです。 そもそも、村人は鬼の存在など知るわけもないので桃太郎はアホの子扱いされてもしょうがないのですが、恋は盲目状態のおばあさんと脚本に忠実なおじいさんのおかげで桃太郎はなんとか常識人の枠に収まることができました。 ちなみに、おばあさんは完全にアホの子です。 「おじいさんは勝負服を、おばあさんは日本一のきび団子をこしらえてください」 「わかったよ桃太郎。お前のために立派な勝負服を……勝負服?」 おじいさんは我が耳をうたがいましたが、聞き返したところで桃太郎は勝負服としか答えなかったので半ば自暴自棄になりながら勝負服の製作にとりかかりました。 おばあさんはおじいさん以上に無理難題を言いつけられましたが、恋する乙女はアホの子なのではりきってきび団子作りをはじめました。 翌日、おじいさんは勝負服として「成人式のお祝いは袴だよね」といってやけに豪奢な袴を、おばあさんは「きび団子よりこっちの方が役に立ちますわ」といって兵糧丸を用意しました。おばあさんはあまり人の話を聞かないのでしょうがありませんが、おじいさんはたまっていたうっぷんをここで晴らしたのでしょう。頼んでもいないのに「日本一」と書かれた無意味に派手な装飾がなされた旗をこしらえたことからもそれが伺えます。 桃太郎もおじいさん達を責めるようなことは一切せず、一言「いってきます」とだけつげました。さすがにお礼を言う気にはなれなかったからです。 桃太郎がしばらく歩くと、道端で犬が寝そべっていました。 「やる気あるのかこいつ……」 桃太郎はかなり今更な台詞をはきましたが、無視していくわけにもいきません。そこで、桃太郎が「どれだけ寝れば気が済むんだよ」と至極真っ当なツッコミをいれると、犬の頭は地面に軽くめりこみました。 「おい、起きろ」 「んぁ……? ああ、おはよう」 犬はというと、それだけ強烈な打撃をもらっておいて爽やかにめざめました。軽く殺意を覚えた桃太郎でしたが、ここは大人になれ俺、と自分に言い聞かせました。 「てめえ自分の出番まで寝こけてるんじゃねえよ」 「布団一式くれたらなんでもします……」 犬は求めるものは求めましたが、それ以上にすごいことを言い切りました。桃太郎もつっこむかどうか迷いましたが、自分に得になる話だったので黙っておくことに決めました。人間はかくも醜いものなのです。 こうして低のいい子分を手に入れた桃太郎がいい気分で歩いていると、さらに猿と雉が現れました。 「見てよ姉さん。こんなところを袴で練り歩いてるよ。しかも日本一って……アホか、アホの日本一か」 「そういってあげないの摩波ちゃん。彼だって自分の意志に反して仕方なくあんなものを身につけている、かわいそう人なの……」 いい気分が台無しでした。 「これをくれてやるからはよついてこい」 「はっ。聞いた姉さん? これ一つで鬼と戦えってよ。しかもこれ、きび団子ですらないし。段取りすらきちんと守れんのかこの甲斐性無しが」 桃太郎はおばあさんにもらった丸薬を猿に渡そうとしましたが、猿にこれでもかというほどズタボロにされました。しかも団子に関しては桃太郎のせいではありません。あまりの理不尽さにさすがの桃太郎も泣きそうになりました。 「摩波ちゃんさすがに言いすぎじゃ……」 「姉さんがそういうなら……」 雉には多少協調性があるようでした。 こうしてパーティー編成という最初の試練を乗り越えた桃太郎は、犬、猿、雉をお供に従え、一路鬼ヶ島へと向かいました。 最大の問題である鬼ヶ島との間にある海を渡る手段も、こんなこともあろうかと猿がこしらえていた戦艦がきれいさっぱり解決してくれました。 桃太郎たちが鬼ヶ島へたどり着くと、まずは挨拶代わりに猿が15.5cm砲を打ち込みました。 「お、おま……! 何してくれてんだ! 皆殺しにする気か!?」 「こっちの方がはやいだろ……」 「お前さっき俺に段取りがどうこう言ってなかったか?」 気だるそうに恐ろしいことを言い放つ猿に桃太郎は恐れおののきました。しかし、ここでこの危険な思想の持ち主を止めないと被害はますます拡大しそうだったので、必死で猿をとめました。 鬼よりもこの猿をこそ成敗しなければならないような気もしましたが、味方のうちは戦力になるし、何より台本になかったので桃太郎にはそれができませんでした。 彼は後にそれを悔いることになるのですが、それはまた別のお話。 桃太郎たちが鬼ヶ島へ乗り込むと、さきほど猿が戯れに撃った大砲で堅固なはずの門は半壊していました。 「さすが摩な……お猿さん、グレートな腕前よ」 協調性があるように見えましたが、雉の性格も大変捻じ曲がっていました。 「げほっ……誰だこんなことするのは。お願いですからやめてください」 半壊した門からは中間管理職みたいな感じの鬼がでてきました。 上司にこき使われ、部下は使えないといった感じで心労がかさんでるような感じでした。 しかし、実際はただそんな風に見えるだけで、完膚泣きまでに下っ端鬼でした。 桃太郎達はもう自己紹介もせずに飛び掛りました。猿があれだけ無茶した後です、いまさら宣戦布告も何もあったものではありませんでした。 現に、大勢いたはずの鬼はかなりズタボロでした。そこに桃太郎たちが襲い掛かってきたからたまったものではありません。 特に、これ幸いと内に秘めたるサドっ気を解き放った猿はまるで修羅のごとく暴れまわり、鬼達はなんだかかわいそうなことになってしまいました。 ちなみに、雉はマイペースに鬼の精神を破壊するような嘘をつきまくり、犬はちょうどいい感じの日陰を見つけて寝てました。 「は、ははは……お前らにはなんで俺達がこんなにボロボロになっていたかわかるまい……」 と、鬼の中の一人が息も絶え絶えに桃太郎に話しかけてきました。 「そこの猿夜叉がいろいろやらかしたからだろ」 夜叉と呼ばれたことなどつゆ知らず、猿はたいまつ片手に鬼の尻を追っかけまわしてました。捕まると文字通りケツに火がつく、これまた文字通りの鬼ごっこです。リアル鬼はもっぱら逃げ専門でしたが。 「そこら辺にいる倒れた鬼をよく見てみろ……なんでこんなことになったかよくわかるはずです」 「何……?」 鬼のなんだかしてやったりという感じと、えらいことやらかしたという相反する二つの感情が入り混じった顔を見て不安になった桃太郎は、ボロ雑巾のようになった鬼の一人をよく見てみました。すると、鬼の額になにやらあざのようなものがあるではありませんか。 「……てめぇ、なんてことしてくれやがった……」 桃太郎の顔がみるみる青ざめていきます。 「いやその……軽い気持ちでだな? 風格が出るかと思って」 「ふ、風格どころじゃねえよ! マジで死人がでるぞ!?」 「それもまたよし……ぐふっ」 悪役として最後の一言を言いたかったのでしょう。鬼は充実した顔で朽ち果てていきました。 しかし、残されたほうはたまったものではありません。 「おい! 逃げるぞ!」 「どうした? お前も逃げたいのか?」 桃太郎はすぐさまお供に向かって叫びましたが、テンションのあがりきった猿が素直にいうことを聞くはずもありませんでした。たいまつを持った猿は、今度は桃太郎めがけて猛スピードで走ってきました。 「うわ!? ちょ、待て! 話をき……あっつぁぁぁ!?」 「もっとはやく逃げないと灰になるぞ? 真っ白な灰に」 「ちげっつの、こんなことしてる場合じゃねえんだよ! 武神が来るぞ!?」 「は?」 武神という単語に反応したのか、目がちょっとイッちゃってた猿が急ブレーキをかけました。さすがに遊んでる場合ではないことに気づいたようです。 「いや、確かに美樹さんが鬼の大将の役だったけど……なんで武神になってるんだ?」 「武田がアルコールとらせたみたいでな……」 「あの役立たずが……」 苦虫を噛み潰したような顔の猿を見て桃太郎は配役に疑問を覚えました。 そうこうしてるうちに、鬼の大将が出てくる門が徐々に開いていきます。 「うっわやべぇ……」 「姉さん! 姉さんはどこ!? 早く逃げよう、船に乗って!」 猿はもう桃太郎などやってる場合ではありませんでした。 「ちょ、てめえ! 何また自分達だけ助かろうとしてるんだ! 俺も乗せろ!」 「てぃっしゅは主役でしょ!? ちゃんと台本どおり鬼の大将と刺し違えてよ!」 「桃太郎の話そんな悲劇で終わらねえだろうが!」 てんぱりすぎた猿は口調もなんだか変わってましたが。武神の恐ろしさを身にしみてわかってる桃太郎はそれどころではありません。 ちなみに、もはや日陰でぐっすり寝てる犬のことなど誰も気にかけていませんでした。自業自得なので文句はいえません。 そんな言い合いをしてるうちに門は開ききってしまいました。 「あ……」 桃太郎と猿の声がユニゾンします。恐らく二人の頭の中でも同じような地獄絵図がハーモニーを奏でていることでしょう。そして、中からその地獄絵図の主役の鬼が── 「う、うぅ……頭痛い……」 二日酔いで現れました。 「……」 「……」 武神モードにスイッチが入っていたはずの鬼の大将を見て、猿と桃太郎は顔を見合わせました。それから、どうやら死なずにすんだとわかったので、二人で巨大なため息をつきました。 「じゃあ、話進めてくるわ……」 「あぁ、がんばってくれ。私も疲れた……」 先ほど、まさに鬼のようだった猿もふらふらと居心地のよさそうな犬のそばに歩いていきました。一方、桃太郎は自分の台詞を思い出しながら鬼の大将のところへ向かいます。 「あ、あんどっち……なんかお薬もってない……?」 「もう少ししたらやるから、ちょっとだけ我慢してくれな?」 「う、うん……でもできるだけ早くしてくれたら嬉しいかな……?」 「オッケー。じゃあさくっと行くか」 なんかもうぐだぐだでした。 「もう悪いことはしないと誓うか?」 「誓います……溜め込んだ宝も全部さしあげます……」 桃太郎は辛そうな鬼をみてなんとかしたいと思いましたが、猿と雉の目が光っていたのでうかつなことはできませんでした。 こうして桃太郎は鬼達の宝を村へと持ち帰り、犬や猿や雉たちと末永く幸せに暮らしたましたとさ。 めでたしめでたし…… 「俺達、ずっとこのまま放置なのかな……」 「うぅ…頭痛い……ガンガンする……」 そして、死して屍拾うものはありませんでしたとさ。 |
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