「美樹さんの様子がおかしい?」
「あぁ」

 摩波問いかけに肯定で答える。休み時間、美樹が席をはずしたのを見計らって最近の美樹の異変を相談してみた。

「どうも俺に隠れて週末どこかに出かけてるみたいでさ。問いただしても答えを濁すばっかりで……まぁ、あれこれ詮索することじゃないのかも知れないけど」
「ロリコンとしては気になるものな」
「ぶっとばすぞお前」
「おかしいといえば」
「お前いつの間に……」

 どこで話を聞いていたのか、穂波が会話に割って入り、恭賀の方に目をやる。

「姉さん、あれ……」

 摩波もなんだか驚いている様子だ。が、俺には普段と別段変わって見えない。しかし、何かが心の隅に引っかかる。

「確かに何か違和感はあるけど、恭賀がどうかしたのか?」
「ええ。恭賀さんは休み時間には起きてくるんです。それが寝てるっていうのはちょっと様子が変ですね。生活のリズムはかなり規則正しかったですから」
「なるほど……」

 睡眠のリズムが狂ってる、ということか。そういえば恭賀もちゃんと休み時間は動いてたしな。
 美樹の異変と恭賀の異変。もしかしたら何か関係があるのかもしれない。偶然である可能性も大いにありえるなか、二人の異変を関連付けたのは、どちらかというとあまり当てにはできない俺の直感だった。






美樹と恭賀のいけない遊び





「ん……」
「お。起きたか」

 昼休み開始10分。むくりと頭をおこした恭賀に待ってましたとばかりに話しかける。いや、実際恭賀の机の前で起きるの待ってたんだけど。

「……どうかしたか?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあってな。いいか?」
「うん……」

 なんだかばりばり眠そうだったがここは恭賀の人の良さに甘えさせてもらうとしよう。

「最近なんだか睡眠のリズムが崩れてるみたいだけど、大丈夫か?」
「まぁ、それなりに……」
「いや、問題ないならいいんだけどな。何かリズムが崩れるようなことでもやってるのかな〜、と思ってさ」
「うん……?」
「いや、美樹も最近なんだかちょっと様子がおかしくてさ。何か知らないか?」
「ん……」

 恭賀の態度からは感情が見えてこない。単に寝ぼけてるだけかとも考えたが、今までも寝起きでも割と頭は働くようだったので問題はないだろう。

「もしかしたらさ、美樹とお前で何かやってたりするか?」
「……」

 恭賀の返答が途絶える。

「……どっちだ?」
「……ぐ」
「ぐ?」
「ぐぅ」
「それが寝たフリのつもりならどっかで演技のイロハを教えてもらえ」
「恭賀さん。矢田さんの行方がわからないと心配しすぎて安藤さんの髪の毛が神経性ストレスでどんどん持っていかれるそうですよ」
「うぉあ! どっから沸いてきたお前!?」

 いつのまにか俺の横にいた穂波が嫌さ100%の嘘を恭賀に向けて放たれる。
 見る間に恭賀の顔色が悪くなっていく。

「……う、ぐぐぐ……」
「メチャクチャ苦しんでるな……」

 どうも答えづらい様子なのか、恭賀がうめき声を上げる。恐らく義理と人情の板ばさみにあっているのだろう。そんな恭賀とは対照的に、苦しむ顔をみている穂波の顔はにどんどん笑顔になっていく。しばらくおとなしかったから忘れそうになっていたが、やはりこいつは摩波の姉なのだと痛感した。

「く……」
「わ、わかった。答えづらいならこれ以上聞かないからそんなに辛そうにしないでくれ」

 とうとう歯の食いしばりすぎで口の隙間から血が出始めたあたりでストップをかける。

「ごめん……力になれなくて……」
「お前が悪いわけじゃないしな。穂波が言ったのも嘘だから気にしなくていいぞ」
「あぁ……」
「眠いだろうところ悪かったな。ほら、穂波。そろそろ寝かせてやろうぜ」
「そうですね〜」

 恭賀の表情を堪能したのか、心なしかつやつやした顔の穂波をつれて恭賀の机を後にする。


「安藤さん。あの……」
「あぁ、言われなくてもわかってる」

 恭賀は嘘はつかない。言いづらいことがあれば黙秘権を行使するだけだ。しかし、それゆえに嘘が嘘だとばれてしまう。つまり──

「美樹と恭賀は二人で何かしらしてるってことだな」

 そして両者ともが口を割らないとなると……まぁ、何が起こってるのが知りたくなるのが人情と言うもので。

「……つけてみるか?」
「あはは〜。安藤さんも性格悪いですね〜」
「お前ら姉妹には絶対言われたくない台詞だな」

 宮崎姉妹を超える性悪にはめったにお目にかかれないだろう。

「ところでだ。穂波、ひとついいか?」
「なんですか? コーヒーには角砂糖4つは入れますけど」
「興味ねえよそんなもん。っていうかすげえ甘党だなおまえ」
「何が聞きたいんです?」

 流しやがった。

「まあ、いいか。お前さっき、多分俺を助けようとしてくれたんだろうけど…… もっとマシな嘘はなかったのか?」
「え? あれ嘘のつもりじゃなかったんですけど?」
「ひっかかるかバカ」
「……」
「なんで無言になるんだそこで?」

 真顔で嘘じゃないと言われたのがちょっと怖かった。




「……」
「あ……」

 日曜日の朝起きると、今まさにどこかに出かけようとしている美樹に遭遇した。俺の顔を見るなり気まずそうな顔を向けてくる。

「お、おはよう……」
「おはよう。どこか出かけるのか?」
「え〜っと……あ、うん! そう、マヨネーズ! マヨネーズが切れてたから買いに行ってくるね!」
「そうか……じゃあ一緒に買いに行くか。ちょっと待っててくれな」
「い、いいよいいよ! あんどっち起きたばっかりでしょ!? それにほら! 私味噌汁にはマヨネーズじゃないとダメな人だから!」
「どこの風習だそれ」

 少なくとも昨日まではそんな趣向は持ち合わせていなかったはずだが。
 そもそも俺が天界入りした初日にあれだけ爆走してなお、汗一つかかなかったやつがどぶどぶ冷や汗かいてる時点で怪しさはレッドゾーンに突入している。

「……まぁ、別にいいけど。とりあえず着替えていけ。お前何かもうびっしょびしょじゃねえか」
「え? あ、あぁ。これはいいよ。どうせ汗かくし」
「は?」
「あー! ごめんごめん、何もない! うん、着替えるね〜!」

 そういうと美樹は俺の返事も聞かずに部屋にすっとんでいった。

「……つけてみるか」

 おそらく、と言うかこれはほぼ確実に例の逢引(?)だろう。
 自分の部屋に戻りパジャマから着替え、いざゆかんとしたまさにその時、玄関のほうから美樹の声が聞こえてきた。

「あんどっちー。行ってくるねー」
「お、おーっ」

 努めて普通に返事を返す。しかし相手は爆裂幼女。油断は禁物だ。少し間をおいて後をつけようなんて考えてたらもう見失ったなんてことになりかねない。
 博打ではあるがすぐにドアをあけたほうがいいだろう、と結論を出し勢いよく玄関を開けた。





「……で、その時美樹さんは遥か先の曲がり角を曲がるところだったわけだ」
「まぁな……」

 次の日の学校、見事に尾行に失敗した俺を摩波が鼻で笑う。

「これだからてぃっしゅは……」
「俺だってあんなゴキブリが巨大化したような速度で走る人間見たことねえよ」

 あんなもん、朝食パンを加えて走りながら曲がり角でぶつかるという化石化したラブコメの王道ですら、パンどころか五体までばらばらになる。穏やかで清々しい朝の1シーンが瞬く間に血と惨劇のスペクタクルに早がわりだ。

「全く……これだから原始人は……」
「俺か? 原始人って俺のことか?」
「何のために群れを成してるんだ人間は。人を思うように動かせる術を学べ」
「無視すんな」

 っていうかこいつは俺に何を授けようとしてんだ。

「それに、アレの動きを見張ろうと思ったら結構な人数が必要になるぞ」
「任せろ」

 そういうと摩波は右手を掲げ指をパチンとならす。

「……何やってんだおま──」
「お呼びですか摩波姐さん!?」
「ぎゃあああ! うざい鉢巻のやつらが!」

 つい先日非常に性質の悪い団体を立ち上げてくれた皆様がびしっと二列横隊(右から器の小さい順)で整列する。

「人としてそれでいいのかお前ら……」
「何か問題が?」

 俺の半ば忠告めいた呟きに武田(前列右端)がパンがなければお菓子を食べればいいじゃない、といわんばかりの顔で返答する。なんていうか、それが彼等の幸せならもはや口だしするのはやめようと思った。

「あと……人増えてないか?」

 気のせいであることを願いたいが倍くらいに膨れ上がってる気がする。

「ぼ、僕は摩波さんのお願いなら……」

 何かそっち系のお姉さん方に拉致されることが日課のような小さいの(前列左から2番目)が消え入るような声で自己主張をする。

「お前は別の団体でも立ち上げてろ」
「そ、そんな……僕なんかが……」

 そのまま顔を真っ赤にしてうつむく少年。教室の隅のほうから「たまらないわぁ……」と色っぽさと邪念が渦巻いた声が聞こえた気がするが深く考えると怪我しそうなのでせめて聞こえないふりをした。

「人のおもちゃで遊ぶなてぃっしゅ」
「お前、今すごいこと言った?」

 人を指して臆することなくおもちゃと言い切りやがった。

「こいつらを街中に配置すれば美樹さんの行方もなんとか掴めるだろ」
「いや、それはそうかもしれないけど……さすがに罪悪感が」
「お待ちくださいたか様!」

 摩波が武田達を使おうと提案し、俺が躊躇しているその間隙、どこからか高らかに声がしたかと思うと、俺の足元の床板がはずれ恵がにょきっと生えてきた。

「もっとおとなしく登場できんのかお前は!?」
「そんな有象無象ではなくウチを頼ってくださればいいのに……」
「お前もか。お前も俺を無視か」
「無視だなんてそんな……恵にはたか様しか見えてませんわ……」
「ごめん、俺が悪かった。見るなとは言わないからせめてもう少し視野を広く持とう?」
「……わかりました。同じところから見てもたか様の一つの側面しか見えませんものね」

 全然わかってねえなこいつ。

「たか様の頼みとあらばこの恵。矢田さんがため息をついた回数まで調べつくして私生活を丸裸にしてみせますわ」
「いや、そこまで頼んでないから」
「とまあ冗談はさておいて」

 目は本気だった。

「矢田さんが週末どこに行ってるかを探ればいいんですよね?」
「……そうだけど、お前いつからこの話聞いてたんだ?」
「えーっと……お姉さんの顔がつやつやしてたあたりからです」
「実に優秀なくのいちだなちくしょう」

 週末またいでるじゃねえか。っていうか、こいつまたストーキングしてたんだな。

「ち、ちょっと待ってください」

 すっかり存在を忘れ去られた武田がたまらず声を上げる。

「あ。まだいたのなお前ら」

 無駄に人数多いくせにありえないほど存在感が薄いのですっかり忘れていた。

「泣くぞコラ」
「どうかしたか?」
「どうしたも何も……俺達が矢田先輩の行方の探索を受け持ったはずじゃ……」
「あなたたちよりウチが探ったほうがはるかに効率がいいと思うのですけど?」

 摩波同様、恵も武田達を猛烈に軽く見ていた。まあ、実際ヘタレだしなこいつら。

「……確かにこいつらは使えないけど3ヶ月もすればなんとか美樹さんの足取りもつかめと思うぞ」
「お前はもうちょっと信頼してやれよ」

 自分達を推薦した摩波にすら使わないといわれている様を見ると、さすがにかわいそうになってきた。

「半年以内にはなんとかしてみせます!」
「伸びてんじゃねえか」

 自信満々に主張する武田。それ以前に使えないって部分は否定しなくていいのか。こいつらそれで本当に幸せなのか。

「じゃあこういうのはどうでしょう?」

 いつの間にか俺の横に居た穂波が全員に提案する。

「……お前はホント気がついたら会話に参加してるよな」
「神出鬼没が私の売りですから」
「まぁ、いいけど……どうしようっていうんだ?」
「何もどちらか一方だけで調べる必要はないと思うんです。双方で独自に矢田さんの行方を探ってみるというのはどうでしょう? その上でどうしても優劣をつけたければその結果で判断すればいいのではないでしょうか?」
「ウチは別にそれでかまいませんよ」
「俺はもともとどっちが優れてるとかは興味ないからな」
「摩波ちゃんは? それでいい?」
「……姉さんがそういうのなら」

 先に捜索案を出していた摩波としては面白くない展開だったのだろうが、満場一致とあってはさすがに自分だけが駄々をこねるわけにもいかず、不承不承了承した。確かに数において利があるとはいえ、恵が相手では荷が重いと予想されるのでしょうがないといえばしょうがないのだが。

「いや、満場一致って……俺らの意志は?」

 武田の呟きは同会員にすら自然な流れで無視された。




「あんどっちー。ちょっとでかけてくるねー」
「おう、晩飯までには帰って来いよ」
「オッケー。帰りに食材も買ってくるね」

 次の日曜日、例によって行き先を告げずに出かける美樹を見送る。そして玄関のドアが閉まったことを確認してすぐさまトランシーバーにささやく。

「美樹の出発を確認。尾行を開始してくれ」
「俺らの根性みせてやります!」
「声がでけえよ!」

 尾行する時の大前提として、相手に尾行されてることを悟られてはいけない。したがって静かに行動することが望ましいが、いきなりこんな大声を張り上げてるようじゃこいつらの望みは薄い。元々期待はしてないけど。
 もう一方、呼びかけのない恵に声をかける。

「恵、いけるか?」
「矢田さんすごく速いですが……やってみます。ただ、集中しないと成功率が格段に落ちるのでこの先は結果の是非に関わらず、尾行が終了するまでは一切の連絡を絶ちます」
「……わかった。でも、あんまり無理しないようにな」
「心得てますわ。たか様のためならこの命果てようとも成し遂げてみせます」
「……がんばれ」

 言うだけ無駄そうなので励ましておいた。
 ちなみに、武田から全滅だという知らせを受けたのはその2分後のことだった。




「た、たか様……」

 10分後、恵から連絡が入る。

「恵か。だいぶ息が上がってるみたいだけど……失敗か?」
「いえ。なんとか行き先を、はぁ……突き止めましたけど……さすがに、疲れましたわ……」
「恩にきる。今度埋め合わせするから」
「その言葉だで十ぶ、げっほげほ!」
「無理すんなって」
「あ、あはは……じゃあ今から迎えに行きますね」
「あぁ……その、本当にありがとうな」
「たか様のためですから……げっほ!」

 そうして恵との連絡をきる。しかしあの恵がここまで疲弊しきるほどのスピードで走るとは……美樹の底知れずさを改めて脅威に思った。もっともこの場合、尾行は基本的に複数人で行うものだしその美樹相手に気配を悟られずに尾行しきった恵の方こそ恐ろしい実力の持ち主なのだろうが。
 その恐ろしい実力の持ち主にストーキングされてる俺のプライバシーはこの先守られるのでしょうか。




 しばらくして、何故か宮崎姉妹が恵と一緒に来た。

「なんだその不自然なタイミングのよさ?」
「なんだも何も、あのトランシーバー誰が作ったと思ってるんだ?」
「お前の手製かあれ!?」
「摩波ちゃんは手先が器用ですからね〜」
「いや、確かにすごいけど……」
「ですから、通信の傍聴もできましたし、中に仕込んだ発信機で誰がどこに居たのかもばっちり把握してました」
「おい、今すげえ重要な情報をさらっと言わなかったか?」

 発信機って言ったか。発信機って言ったのかこの女は。

「最初からそれ使えばこんな大掛かりなことしなくてももっと楽に美樹の行き先特定できたんじゃねえのか?」
「そんなことしても面白くもなんともないだろ。そのくらいわかれ」
「黙れ妹」

 これはあれだ。こいつらきっと人の不幸を栄養源にしてるんだ。そうじゃないとここまで性格が悪いことの説明がつかない。

「今すごい失礼なこと考えてませんでしたか?」
「お前らほど邪悪なことは考えてねえよ」
「あの、ウチほったらかしですか?」

 どう考えても今回一番苦労したはずの恵が理不尽なおいてけぼりをくらって途方にくれる。

「あ、忘れ……満を持して登場するっていうのが主役のセオリーだろ?」
「たか様今何か……いえ、なんでもないです」

 俺の失言に気づいた恵だったが、あえて追及しないでくれた。愛の力って偉大だ。良心が痛まないでもないけど。

「じゃあ……お前ら来るのか?」
「矢田さんの居る場所についてちょっと興味があるのでよかったらご一緒させてくださいな」
「私は姉さんについてくだけだから」
「いや、俺はそれでかまわないけど……恵はそれでいいのか?」
「ウチはたか様さえ来てくれれば文句はないです」
「それじゃ、みんなで行こうか……って摩波、武田達は?」
「知らん」
「鬼か貴様」
「元々あの方達は関係ないですからね。帰られたのではないでしょうか?」

 恵の言うことももっともだったが、腑に落ちないというか何というか……

「てぃっしゅもいいだろ、結局あいつら使えなかったし」
「使えなかったって……お前なんであいつら差し向けたんだ? 確かに使えなかったけど」
「暇つぶしだ」
「それは俺に対する嫌がらせなのか?」
「もう、早くいかないと日が暮れちゃいますよ」

 焦れてきた穂波が割ってはいる。まぁ、確かにこのまま摩波と漫才しても時間の浪費にしかならないし、こうしてる間に美樹が帰ってこようものなら本末転倒だ。

「わりぃ。じゃあ恵、先導してもらえるか? 俺達後ろからついてくから」
「たか様……そんな、いきなり後ろから突くだなんて言われてもウチも心の準備が……」
「いや、そういうのはいいから」
「そうですか……」

 なぜか肩を落として歩きだした恵に続いて俺達も歩き出した。




 その後、1時間ほど歩いただろうか。美樹がおよそ10分でたどり着いたという目的地には未だ到着しない。

「……恵、一つ聞きたいんだけど」
「どうされましたたか様? 足が疲れたんですか、ウチがマッサージしましょうか?」
「いや、そうじゃないけど……あとどのくらいでつく?」
「そうですね……あと20分もすればつくと思いますけど?」
「お前も美樹も靴にロケットでもつけてるのか?」
「いいえ?」

 怪訝な表情で「なぜそんなことを?」といわんばかりの純粋な目でこちらの様子を伺っている。あれ? 俺がおかしいの?

「なんならてぃっしゅの靴につけてやろうか?」
「いらねえよ。作動と同時にすっころぶだろ」
「摩波ちゃんうきうきしてますね〜」

 穂波いわく摩波はうきうきしてるらしい。俺には無表情に見えるが。

「いつもと変わらないように見えるけど……そんなに作りたいなら自分の靴につけたらどうだ?」
「誰が履くかそんな頭悪いもの」

 誰かこの子が地獄に落ちなかった理由を教えていただけないでしょうか。
 それと、そのこととは別件で、もう一つ気になってたのだが。

「恵……あの、ここさ……」
「はい?」
「いや、俺の目がおかしいわけじゃないならここ……ホテル街だよな?」
「ホテル街ですね」

 しかも……これ、ラブがつくほうのやつじゃねえか。本当にここに美樹と恭賀が……? 考えたくは無いが嫌なビジョンが頭をよぎる。

「恵……?」
「なんでしょう?」
「何メモとってるんだ?」

 気づくと先頭を歩く恵がものすごい勢いで周りを見回しそしてメモをとっている。軽く目が血走ってるのはなぜなのか。

「何って、たか様を拉致監き……日比谷先生に余裕があったらちょっと調べてきて欲しいっていわれたんです」
「恵今何て……いや、なんでもないです」

 恵の失言に気づいた俺だったが、あえて追及しなかった。愛の力って怖い。
 なんで頼まれただけなのにあんなにも必死なのかとか聞く時間あるわけねえだろとか疑問はつきないがどれも触れてはいけない気がした。ただ、先生がそんなこと生徒にに頼んでいいのかという事だけは、日比谷さんだから、という理由で何故か納得できた。

「着きましたー」

 かずかずの疑問を残したまま恵が目的地への到着を告げる。あれだけ目的地を知りたかったのに気分は複雑だ。
 場所はホテル街を少し抜けたあたり。やや大きめな体育館といった感じの、あまり上等といえない外観の建物は周りのどことなく寂れた風景に溶け込んでいて、一種郷愁の念さえ抱かせる。

「まぁ、どう見てもこれはラブホテルじゃないよな」

 その点においては自信があったし、ちょっとほっとした。

「やっぱり……ゴーキューですねこれ」

 その建物を見上げて穂波がぼそりと呟く。

「号泣?」
「ゴーキューだ馬鹿」
「だから違いがわからねえっつうの。恵、お前はわかるか?」
「いえ、ウチもこの辺りの地理には疎いので……」

 恵もゴーキューとやらがなんなのかわからないらしく、怪訝な表情を見せていた。

「矢田さんと恭賀さんという組み合わせでしたから可能性はあるかと思ったんですけど……」
「ごめん、そろそろ説明して欲しいんだけど」

 ゴーキューがなんなのかわかってる宮崎姉妹とわかってない俺と恵で現状の理解度に著しく差があるようだ。

「とにかく入りましょう。説明するより実物を見てもらうほうがわかると思います」
「……それもそうだな」

 百聞は一見にしかず。今度はどことなく楽しげな穂波が先頭になり建物の中へと入っていく。

「なんていうか、中もボロいのな」

 今までの経験上外はぼろくても中は信じられないほど豪奢、というのも可能性にいれていたが、そういうわけでもないようだ。

「まぁ、人気はないですからね」

 俺の呟きを受けて穂波が返事を返す。

「人気?」
「運動のための施設なんです、ここ」
「にしちゃ、すごい寂れようだな」
「だから人気が無いって姉さんが今言っただろ。しまいにはその眼鏡叩き割るぞ」
「かけてねえだろ眼鏡なんか」
「そうよ摩波ちゃん、叩き割るなら眼球にしないと」
「お前も怖い心得しこんでんじゃねえよ」

 この双子は……どれだけすさんだ環境で育てばこんな風になるというのか。
 そんな恐ろしいやり取りを見ているうちに、一枚のドアの前にたどりついた。

「さ、安藤さん。この先で、多分矢田さんと恭賀さんがゴーキューをやってます。心の準備はいいですか?」

 穂波がドアノブに手をかけ、俺の方に振り向く。

「いや、心の準備も何もまだ情報が少なすぎて、ちょっと待てともいえないんだけど」
「恐ろしさのあまりてぃっしゅは粗相をしてしまうかもしれません」
「誰がするか」

 摩波は敬語の時ほど言うことに容赦がない。いや、普段もないけど。

「じゃあいいですね? 開けますよ?」
「あ、あぁ……」

 発見した秘密を打ち明けたくてたまらない子供がようやくそれを話す機会を得たときのような表情で穂波はドアノブをひねり、ゆっくりとドアが開かれる──




「三塁打ー! ランナー二人帰ってきてこれであと一点差ね〜」
「う……でも、もう2アウトですからこのまま抑えれば俺の勝ちですよ」

 中あるのは一見野球場のグラウンドだった。ただ、本物のそれと違い、グラウンドのあちこちには四角形の穴が開いている。そして人間は両軍あわせて二人。どこを見回しても美樹と恭賀以外の人間はいない。もっとも、三塁に人が走ってる形のパネルのようなものは立てかけてあったが。
 一通りグラウンドを見回して穂波に向き直る。

「穂波、これ……」
「お分かりですか?」
「野球盤、か?」
「正解です。この遊びの正式名称は『豪快!野球盤』っていうんです」
「どうりで……」

 美樹も恭賀も豪快という名に恥じぬ道具を使ってる。恭賀がなげてるのはボーリングの玉だし、美樹にいたってはバッドの代わりに鬼の金棒じみた凶器を手にしている。
 ちなみに、二人はゲームに熱中していてまだこちらには気づいていないようだ。
 一方、こちらはこちらで宮崎姉妹によるゴーキューの説明がはいる。

「これはですね、冗談で作ってみたはいいものの要求される力がすごいのでまともに遊べる人が極端に少ないという呪いじみた施設なんです」
「そういえば一時期罰ゲームでゴーキュー1ゲームっていうのがあったな」

 何だ罰ゲームに使われるアトラクションって。
 そうして俺がゴーキューの説明を聞いてる間にも、ゲームは進行していく。

「ふっ!」

 恭賀が球を投げる。といっても、実際は転がしてるわけだが。
 恐らくもう何球も放られたためか、球の通り道の土は少しえぐれていて、まだ乾ききっていない。
 恭賀の球も、野球のピッチャーが投げる球とまではいかないがかなり速い。ミートすることはできなくもないだろうが、前に弾き返すことはできないだろう。要するに全面的に力が物をいうわけだ。
 しかし、俺にミートさせることができるということは、無論美樹にとってそれは造作もないわけで。球に狙いを定めてバットを振り切る。
 だが、その直前に球のとおり道に突如下り坂が現れ、ボールを飲み込んでいき、美樹のスイングは空しく空を切る。

「わ……ヒデリン、ここに来て消える魔球とは思わなかったよ……」
「ここまで来たら俺も勝ちたいですから」

 作戦通りいった恭賀としてやられた美樹。二人は次の相手の出方を読むべく、再び集中を始める。

「消える魔球まで再現してるのか……」
「野球盤ですからねぇ……」

 観客と化した俺達もゲームの進行を見守る。でも、すげえ技術の無駄遣いがされてる気がするのは何故だろう。
 そして二投目。振りかぶり勢いをつけて球が手を離れる瞬間に恭賀と目があってしまった。

「……安藤?」

 恭賀は普段の寝ぼけ眼からは想像できないほど目を見開いて驚く。しかし、さすがの恭賀も投げかけた球を途中で止めることはできないらしく、中途半端な勢いで放られた球は先ほどとはうってかわって普通のボーリング球のスピードでゆっくりと美樹の方へと向かう。

「しま……!」

 よほどのことが無い限りこの程度の球を美樹が打ち損じるはずもなく、恭賀も消える魔球のしかけを発動させる暇もなく。
 無常にも振り下ろされるバットがサヨナラ打を告げ、ゲームの幕を下ろすはずだった。
 ──だが、美樹にとって俺達がここにいることは「よほどのこと」であったらしく。

「あ、あんどっち!? 何であんどっちがここに……あ、ボール、ちょ、ええ!?」

 結果として美樹は全くボールに集中できず、頼りないミートと半端な力加減で返された球はふらふらとアウトゾーンへと転がっていく。

「あぁぁ……」

 そうして美樹の力ない声と共に試合終了のサイレンが競技場に鳴り響き、ゲームの終了を告げた。




「お、おい。美樹……?」

 がっくりとうな垂れている美樹に駆け寄る。

「大丈夫か……?」
「だいじょぶ……」

 そう答えはしたものの、どう見ても美樹は大丈夫ではない。

「まぁ、ほら。気を落とさずに、な? ジュース買ってきたから飲め。疲れたろ?」
「ありがと……」

 何となく引け目を感じていたのでゲームが終了してから外に買いにいった清涼飲料水を手渡すと、美樹はそれを力なく受け取った。

「何であんどっちがここにいるの……?」

 そして、当然の疑問が美樹の口から放たれる。

「あ〜……その、最近休日になると俺に行き先を告げずに出かけてたろ? 聞いても教えてくれないし、恭賀の様子もなんかおかしかったから、どうも気になってだな……」
「あまりに気になったからストーカー行為に及んだと」
「黙れ妹」
「むぅ……」

 美樹はなんだか納得できたような腑に落ちないような微妙な表情でむくれている。

「確かに悪かったとは思う。でも、なんで秘密にしてたんだ? そんなに隠さないといけないことなのかコレ?」
「だって……」
「だって?」

 恥ずかしそうにうつむいて数瞬の後美樹の口からでた答えは──

「野球盤なんて子供っぽくて恥ずかしかったから……」
「わお」

 実にわかりやすく、そしてそれ以上にすごい答えだった。

「美樹」
「……?」
「心配すんな。これは絶対大人の遊びだ」
「……本当に?」
「ああ。保証してやる」

 そんな可愛らしい遊びじゃないし。

「よかった……」
「そんなこと気にしながら遊ぶもんじゃないしな。……でだ。ちょっと近くに寄ってくれるか?」
「何?」

 恭賀に聞かれないようにするために美樹を呼び寄せ耳打ちをするように話しかける。

「……多分なんだけど、これって基本的にお前が恭賀を誘う形をとってるんじゃないか?」
「え? そうだけど……?」
「いや、別にそれ自体が悪いわけじゃないんだけどな? 最近恭賀の睡眠のリズムが狂ってるらしくてな。その辺加味して遊んだらどうかと思っただけで」
「う……ごめん」
「いや、俺に謝られても。まあ、恭賀も人がいいから気にはしてないと思うけどな」
「うん……」
「あと、今後こういうことがあった時、一応行き先伝えてくれると助かるかな。俺天界の常識とかよくわかってないところがあるからぶっちゃけ何が恥ずかしいとかよくわからないしな」

 さすがに(ラブ)ホテル街を通っているときは冷や汗ものだったけど。いろんな意味で。

「わ、わかった」
「オッケー。じゃあ……まだ続けるのか?」
「ううん。今日はもうこれで終わりの予定だったから」
「そっか……よし、今日の晩飯は俺が作るから材料買って帰るか」
「……うん!」

 そうして宮崎姉妹と恵、それにグラウンドの整備をしていた恭賀にも声をかけて、他愛もない話をしながらそれぞれの帰路に着いた。




「……」
「こいつまた歩きながら寝てやがる……ある意味すげえ器用だな」

 途中、恭賀の驚異的バランス感覚と。

「ウチの最大のライバルは矢田さんになりそうですね……」
「やめとけ。てぃっしゅはぜったいロリコンだ。幼女じゃない亜木に勝ち目はないぞ」
「あらあら。私も今度ブルマーとか履いてみましょうかね」
「お前ら絶対俺に聞こえるように喋ってるだろ」

 何故か俺のロリコン疑惑が恵にまで浸透していることがすごく納得がいかなかった。







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