こんにちは、安藤隆です。幼女の家から学校にむかってまっしぐら。
 突然ですが。俺、天使をめざすことになりそうです。







あんどっち、泣かれる。








「あんどっち、急いで!」

 美樹が外で急かしている。結局家まで全力ダッシュしてくたびれてる俺への気遣いとかは皆無ですか。やっぱ鬼だこの幼女は。

「……ここで休んでるっていう選択肢は──」
「ない。本人がいないと手続きできないの」

 また融通の利かない……休みたいときに限って休めないってか。
 あってないようなインターバルをはさんでから再び走り出す。結局、10分後にようやく手続きする場所に到着してから天界に着いたときと同じく酸素吸入マシーンと化してる俺をよそに美樹は手続きとやらをしにいった。


「いやー、よかったよかった。おつかれさま、あんどっち」

 植物の光合成をまるっきり無駄にせんばかりの勢いで呼吸をしている俺のところに手続きを済ませたらしい美樹がやってきた。そういや名前書くだけとか言ってたな。こっちの息が整いきる前に戻ってきたということは正味2分もかかってないってことか。

「あれ? まだ興奮中?」

 ……この野郎、元凶のくせに言いたい放題か。いや、確かに息は荒くなってるけど。しかし、俺の前を先行して走り続けた美樹も同じだけ体力を消費してるわけだし、こいつ体力あるのか……? まあ、この際そのことは置いとくとしてだ。

「……なあ、俺が来た意味、あるのか?」
「うん、本人の確認をする必要があるからあんどっちがいなきゃダメなの」
「さいですか……」

 まあ、身分証明書がない以上しょうがないといえばしょうがないか。

「よし。じゃあやることもやったし、家に帰ろうか」
「ああ、もう疲れきったわ。天使ってのも体力勝負なのか?」
「どうだろう? わたしもまだ天使じゃないからね」

 ああ、そういや見習いとかいってたな。さしずめ、これが天使になる前の最終実習ってところか。

「うし、じゃあ帰るか。帰ってからまだ何かすることあるのか?」
「ううん。今日はこれで終わり」

 助かった。正直今日はもう走りまわるのは遠慮したいところだ。死んで早々だってのに、こんな体力の限界に挑む羽目になるなんて思わなかった。まあ、わからないことだらけだし、精神的な疲労もないとはいえないか。

「あんどっちー、聞いてるー?」
「お?」

 ぼけっと考え事をしていたら美樹がこっちをみてちょっと頬を膨らませていた。どうやらずっと話しかけていたらしい。

「わりい、考え事してた」
「話しかけてるのに全然気づいてくれないんだもんなー、無視されてるのかと思ったよ」
「だから悪かったって。で、何だ?」
「ああ。今日のご飯、何がいい? せっかくだからあんどっちの好きなもの作ってあげる」
「お?」

 意外な一面を見てしまった。料理できるんだなこいつ。まあ、見た目は幼女でも中身は22歳だしな。そういやなんかあったな。見た目は子供、頭脳は大人。こいつの場合やけに子供っぽいところも残ってるから一概にそうとも言い切れないけど。

「で、何がいいの? なんでもいいよ」
「ん〜、好きなもんか……じゃあ、スルメ」
「じじむさっ」

 何でもいいって言ったから好きなもんを言っただけなのにばっさり斬られてしまった。持ち上げといて落とすとは……侮りがたし幼女。

「新手の嫌がらせか?」
「そうじゃなくて。スルメなんて晩御飯にならないじゃない。もっとご飯になるものを言ってよ」
「ああ、そういやそうか。そうだな、野菜炒めなんかいいな」
「ふ〜ん。やりがいはあんまりないけど、まあいいや。じゃあ作るね」

 別に深い理由はないけれど、シンプルなものが好きだったりする。どこぞの高級料理店にでそうななんたらのアスパラ添えだとか、小難しい漢字が並んだ名前をもつ料理だとかはどうにも好きになれない。そんなものよりは野菜スティックでもかじってるほうが好きだったりする。



 ──で。
「……うまい」
「でしょう? わたしだって料理くらいできるんだから」
「……みたいだな」

 美樹の料理する姿は少し……いや、かなり危なかった。にんじんの皮むきなんていつ手を切るんじゃないかとひやひやしたものだ。だっていうのに手伝うといっても断固として聞き入れないあたり、こいつも結構頑固者だ。ちなみに人差し指には絆創膏が巻かれている。

「一つ聞きたいんだけど」
「何? おいしさの秘密なら教えないよ」
「ちげっつの。刃物の扱い、苦手なのか?」
「うーん、あんまり使わないかな」
「使わないって……普段どうやって小さくしてたんだよ?」
「どうって、その……素手で解体……」
「このパワフル幼女め……」

 と、とりあえずつっこんではみたものの、これまでがこれまでだけに美樹がにんじんを解体する場面が易々と想像できた。こいつは見た目のわりに力が有り余っている。かぼちゃ……はちょっときついか。それでも、ジャガイモくらいなら素手で解体してのけそうだ。

「で、今日はまた慣れない刃物を?」
「……だってあんどっちにバカにされるかなー、とか思ったから」

 バカにされるからって……そんな理由かい。

「……はぁ」
「む、何よ?」
「……いや、バカだなぁ、と」
「ほら、だから言うのいやだったんだよ」
「そうじゃなくて。怪我するくらいならいつもどおりにやれよ。一緒に暮らすんだろ? お前これからずっと無理する気だったのか?」
「んぅ……」

 反論する術が無くなったのか、美樹は完璧に意気消沈している。年齢のことで派手に驚いていたときもへこんでいたが、その時も自分で「傷ついた」っていうだけの元気は残していたが今回はそんな元気もないってことか? しっかし、元気なわりに落ち込みやす──

「……ぇ……っく……」
「な!?」

 ちょっと待て! 泣いてんのか!? ま、まあ待て。落ち着け。俺なんか悪いことしたか? してないよな? でも泣いてるし……ああもう、どうすりゃいいんだこんなときは!?

「え、え〜っと……そうだ! じゃあこうしよう!」
「え?」

 美樹は怪訝そうに顔を上げる。ちょっとだけ目が赤い。子供(実際は年上だけど)の泣き顔ってのはなんでこう罪悪感を誘うんだろうな……

「俺が教えてやるよ」
「……あんどっち料理なんてできるの?」

 さり気に失礼な発言織り交ぜてきやがった。いつもならツッコミの一つでもいれてやるところだが、悪気はないし、なぜか知らんが泣かせてるし。

「まあな。母親がいなくて片親ってなるとな、一通りの家事はこなせるようになるぞ」
「うん……じゃあ、がんばってみる」

 どうやら少し持ち直してきたらしい。まあ、正直あんまり泣き顔が映えるタイプでもないから出来れば笑っていて欲しいもんだ。

「よし、じゃあ一緒に飯食おう。自分で作った飯はうまいだろ? 泣いてちゃ損だぞ」
「……そうだね、よし! わたしにも課題ができたし、一緒にがんばろっか。そうと決まればご飯ご飯」

 すっかり元気をとりもどして自分の作った飯にありつく美樹。それとも無理して元気な振りをしているのだろうか。開き直りがはやいところも子供の特徴、か? それとももともとこいつの感情の起伏がはげしいだけだろうか? 俺としては後者であることを願う。こいつの子供っぽさの原因が前者である場合、俺も同じようになる可能性があるからだ。精神年齢が16歳のまんまってのは俺的にはあまりよろしくない。
 まあ、今は美樹も立ち直ったばっかりだし、あんまり深く突っ込むのはやめとこう。こいつも課題が出来たとかいって喜んでるし、包丁つかってるときにでも聞いて……あれ?


「なあ」
「ん? どうしたあんどっち。もうおなかいっぱい?」
「いや、そうじゃなくて……さっきわたし『にも』って言ったよな?」
「……そんなこといったっけ?」

 うん、俺もできれば聞き違いのままなにもなかったことにしたかったんだけど。

「言った。ひょっとして、俺も何かすることあるのか?」
「……あれ? 言ってなかったっけ? 明日あんどっちの学年振り分けテストがあるって」
「聞いてねえ!」

 こいつはしっかりしてるんだか抜けてるんだか……いや主に抜けてるな。しかも他人にとって重要なことになればなるほどうっかり忘れるタイプだ。そのくせ抜群の自己管理能力を併せ持つ他の追随を許さない迷惑度を誇るやつだ。

「で? 何か? そのテストってのに向けて勉強しなくてもいいのか?」
「あぁ、大丈夫だよ。勉強のしようなんてないし、今のあんどっちがどれくらい天使としての適性を調べるだけだから」
「それ聞いてちょっとだけ安心したよ……で、どんなことやるんだ?」
「う〜ん……わたしよりテスト官の人に聞いたほうがいいと思うよ。その道のプロだし」
「そうか……」
「まあ、ひとつだけアドバイスできることがあるとしたら、『疑わないこと』かな。自分を信じてもできないことはあるけど、自分を信じないと何もできないから」
「……それもそうだな。で、場所と時間は?」
「今日手続きしたところに、明日の午前11時から」

 現在時刻が午後9時。まあ、普段ならこんな時間に寝ることなんてないけど今日は「普段」じゃないし、精神的にも肉体的にも疲れきっていた。

「……ワリ、今日はもう寝るわ」
「あれ? まだ野菜炒め残ってるよ?」
「バカだな、うまいもんは一気に食べたらもったいないだろ? 何日かに分けて食うのがいいんだよ」
「あ、それもそうだね」

 作りすぎだ、とは言わなかった。いや、特に深い意味はなく、疲れてたのと、本当のことをいったらまた一悶着起こしそうな気がしたからなんだけど。







 その後、二人で後片付けをしてから、風呂に入り(無論別々だ)、歯を磨いてから買ってきたばかりの布団にもぐりこむ。片付けしている最中にあれだけ「寝るのが早い」だの「あんどっちって意外と子供っぽい」なんてことを抜かしていた幼女は俺の隣で爆睡している。そんな美樹の顔を少し見てから考えた。
 これからの自分のことと、残してきた家族のこと。そして、同居することになった小さな先輩のこと。
 いろんなことが頭の中に浮かんでは消えていく。胸の中には大きな不安を抱えているけど、この陽気な天使見習いとなら、そこそこに騒がしい日々になりそうな気がするのは気のせいだろうか。
 もっとも、振り回されっぱなしでそこそこどころかやたらと騒がしい、なんてことにもなりかねないが、それはそれで楽しい毎日になるんじゃないだろうかと思う。





 とりあえずは明日の学年振り分けテストで、俺を拉致ったちびっ子天使に恥をかかせない程度にはがんばろうかな、なんて柄にもないことを考えながら、眠りについた。







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