はじめまして。亜木恵といいます。生前はくのいちをやっていました。
 生前、死後通して今まで人に興味がなかったのも、この日のためだと信じています。
 ……たか様。彼方のことを思うと、恵は今日も眠れそうもありません。









あんどっち、狙われる








「おつかれさまでーす」
「ん? あぁ、お疲れ」

 授業が終わって宮崎姉妹が俺の机によってくる。気に入られたのか、それとも転入してきた俺に対する気遣いだろうか。

「てぃっしゅ寝てただろ」
「お前はなんで授業中の俺の様子を監視してんだ」
「あはは、目が赤いですよ?」
「げ、マジか」
「嘘です」
「……」

 いぇーい、とハイタッチをする性悪双子。……これはひょっとするとあれか。体のいいオモチャとして扱われてるのか?


 学校に通い初めてから一週間。相変わらず穂波には騙されるし恭賀は寝ている。
 それでもようやくこの暮らしにも慣れてきた。


「なぁ摩波」
「なんだ?」
「ずっと思ってたけど、あの人だかりは何だ?」

 俺が視線を向けた先は教室の一角、ひとつの机の周りを大勢の男が取り囲んでいる温度が2〜3度高そうなところだ。あまりお近づきにはなりたくない。

「あぁ、亜木の親衛隊だ」
「……親衛隊?」
「恵さん美人ですからねー。大人気なんです。ただ、本人は興味が無いのかそっけない感じなんです。まぁ、それがまたクールな印象を与えて人気のひとつになってるんですけどね」
「うわぁ……」

 このご時世に女の親衛隊か。

「どうしました?」
「いや、なんかハチマキまで巻いてるの見てると来るところまで来ちゃってる感じだな、と思ってさ」
「お前はピリオドの向こうまで駆け抜けてるけどな」
「黙れいも……ん?」

 今、人だかりの中心にいる生徒と目があったような……透けるような長い黒髪に整った顔立ち。彼女が亜木か。確かに、あの顔を嫌いっていう男はあんまりいないだろうな……


「あんどっち?」
「あ? あぁ、なんだ。美樹か」
「あんどっちがひどいこと言ってる……」
「ロリコンとしてあるまじき行為だな」
「誰がだ!」


 亜木、か……そのまま親衛隊をうざったそうに引き連れて彼女は教室を出て行った。


 そしてその夜、お気に入りだった緑の歯ブラシが無くなった。









 さらに一週間たった昼休み。
 宮崎姉妹と美樹、さらには珍しく起きてる恭賀まで固まっている。

「あ、あんどっち。今なんて……」
「誰かに、見られてる気がする……」
「でたよ……」

 摩波が派手にため息をついてくれた。多分いやがらせだ。

「あの、安藤さん? そのですね。大変いいにくいんですけど、世界は思ってるほど自分に興味をもってないというか……えぇ、もちろん一般論ですけど……」
「そんな汗だくになりながらフォローしなくてもいいぞ」

 意外と健気なやつだ。っていうか普段あんなに流暢に嘘をつくやつがなんでこれだけ汗かいてんだ。ひょっとして人を陥れない嘘は苦手なのか?

「……心当たりは?」
「あんどっちが視線を感じるくらいならわたしも気づくと思うんだけどなぁ……」

 こちら側の二人はわりとまともに話を聞いてくれてるらしい。いや、一応穂波も気は使ってくれてるんだろう。……俺、摩波に嫌われてんのか?

「心当たりか……」
「だからてぃっしゅの妄想だって」
「黙れ妹」

 話が進まないのでこの際摩波はほうっておこう。

「それと、なんかおかしくてな。ちょっとずつ私物がなくなっていくんだよ。最初は歯ブラシからはじまって、それから俺用の皿、箸……昨日は靴下だったかな?」
「靴下は単純に無くなったんじゃ?」

 恭賀がフォローを入れる。まぁ、確かに靴下がなくなるのは永遠の世界七不思議のひとつだが。

「いや、片方だけならまだしもきっちり1セットなくなってるんだよなぁ……」
「そうか……」
「う〜ん、確かにあんどっちのものだけ無くなってるんだよね。見たところあんどっち几帳面だし、物持ちもよさそうなんだけどなぁ。なんでだろう」
「イメージだけっていうことは?」
「死ぬまでシャーペンを替えなかったぞ」
「それは貧乏性だろう」
「く……!」

 反論できない自分が憎い。

「そんなに気になるなら、一度見張ってみたらどうですか?」
「見張る?」
「はい、入り口で徹夜してみるとか」
「ん……それしかないか。なぁ、み」
「あ、わたし無理」
「断るの早くねえか!?」

 これだけすばやい反応を見せたのは初めてなんじゃないだろうか。

「だって私夜は寝ないと次の日もたないから」
「……なるほど」

 妙に納得できる理由だった。

「ってことは一人で徹夜か。……はぁ」

 なんで俺がこんなことを……なんて思ってると恭賀に肩を叩かれた。

「どうした?」
「もしきついならてつだ──」
「無理すんな」

 恭賀が徹夜する画というのがどうしても想像できない。っていうか今起きてること自体奇跡的だ。
 さすがに恭賀や宮崎姉妹を徹夜のお供にするわけにもいかないので結局一人で張り込むことになった。





「……さむ」

 張り込み初日、かたかた震えながら玄関の前に張り込む。正直しんどい。寒いし眠いし……

「もう夜中の2時か……ホントにくるのか……?」

 そもそも犯人がいるのかどうかすら確定していないしな。若干希望的観測が混じってるがこんな遅い時間に俺の私物を盗もうなんて輩はアホだ。
 いや、いつ来ようが俺の私物を欲しがるやつなんてのはアホの一手だが。

「物忘れがひどくなっただけかな……」

 あながち否定できなくなってきた。

「ねよ……」

 なんだか切なくなったので今日はもう寝ることにした。明日も学校あるしな。
 そうして部屋にもどって異変に気付いた。

 俺の布団の中で何か動いてる……

「き、気のせいだよな。うん、気のせいに決まって──」

 長い髪をしたソレはムクリと起き上がり、俺と目があうとにっこりと微笑んだ。


 ……








「ぎゃああぁあぁぁあぁぁぁぁ!!」
「ん〜……あんどっち? どうしたの……?」

 俺の叫び声に美樹が目をこすりながら起き上がる。

「お、お化けが……」
「お化けも何もあんどっち幽霊じゃない……」
「ち、ちがう! 俺は断じてあんなのじゃねえ!」

 暗闇のせいかもしれないが尋常じゃない怖さだった。

「どれのことよ……」
「そ、そこ……」

 俺の布団の中を指差す。

「……? 何もないじゃない……」
「あ、あれ?」

 改めて見てみると確かに何もいない。まさか俺の気のせいか……? いや、そんなことはない。あれだけリアルな質感を持ってて気のせいだなんて──

「あんどっち、布団入った?」
「? いいや?」
「じゃあ誰かいたんだろうね」
「……なぜに?」
「布団があったかい」

 冷静だなこいつ……

「よかった、気のせいじゃなかったか……いや、全く良くねえな」
「とりあえず落ち着こうね」

 まだ軽い小康状態から抜け出せてないらしく、言動の怪しい俺を美樹がたしなめる。
 あんなもの見せられた上に現状はまったくいい方向に向いてないしな。あえていうなら犯人がいるとわかったことくらいだろうか。

「うーん、わたしこういうのには慣れてないし明日みんなに相談してみようか」
「それもそうだな……」

 もっとも、こんな状況に慣れてるやつなんていそうにないが。





 で。

「なんで私がこんなこと……」
「まーまー、摩波ちゃん。いいじゃない人助けだと思って」
「……まぁ、姉さんがそういうなら……」

 俺と美樹、それに宮崎姉妹が家にそろう。

「で、どういうことだ?」

 昼休みに相談してみたところ、穂波が「私達に任せてください」というからつれてきたものの具体的にどうするのか聞いても「ついたら説明しますよ」の一点張りで何も教えてくれなかった。

「えっとですね。正確にいうと私がどうこうするわけじゃないんですけどね。摩波ちゃんなら解決できるんじゃないかなと思ったわけです」
「……こいつが?」
「指差すな、失礼な」

 摩波はなんだかご機嫌斜めだ。

「口で説明するより実践したほうが早そうですね。じゃ、摩波ちゃん。頼んでいい?」
「……てぃっしゅ、そのまま2歩後ろに下がって」
「? 後ろに下がった所で何かあおぉぉお!?」

 摩波に言われたとおり二歩後ろに下がったらいつの間にか用意されていた落とし穴にずっぽりはまった。

「……ま、摩波ちゃん? ちょっと深すぎない?」
「な、なんだこれ!?」

 とりあえず出していただきたい。

「大丈夫。下に枯れ草しいてあるから」
「大丈夫なわけねえだろ!」
「このまま埋めようか……」
「ごめんなさい、それだけは勘弁してください」
「わかればよし」
「お前、いつのまにこんなものを……」

 穴から這い出て摩波に訪ねる。

「これが摩波ちゃんの業ですよー。いつでもどこでも瞬間的にイタズラができる。しかもこういう落とし穴みたいなのは作るのも消すのも思いのままという夢のような業です」
「それほどでも……」

 摩波は穂波の解説に照れているが、ろくなもんじゃねえ。

「つまり、これで犯人をいぶりだそうと……」
「さすが安藤さん、物分りがいいですね。まぁ、今まで安藤さんの私物が無くなったペースを考えると今夜中には捕まるんじゃないですかその人?」
「なるほど……二人とも、ありがとうな」
「……私は姉さんに頼まれただけだから」
「私は何もしてませんし。あ、これトランシーバーです。捕獲できたらトラップ解除しますから連絡ください」
「いや、それはありがたいけど昨日二時過ぎに来たぞ。そんな時間に大丈夫か?」
「あはは、一番活動が活発になる時間ですね」
「恭賀は寝すぎだと思うけどお前はいつ寝てるんだ……?」
「眠いときに寝ますけど……まぁ、どうでもいいじゃないですか。とにかく、がんばってくださいねー」
「あ、あぁ……」

 そしてまた、夜がくる。




 夜の8時、今日の計画を美樹と相談する。といっても捕まえて尋問、場合によっては叩きのめす。というだけの話だが。

「……つかまるかなぁ……」
「大丈夫じゃないか?」

 仕掛け方がむかつくほど悪質だったし。

「たぶん入ってきたらすぐわか──」
「きゃあぁぁぁ!?」

 居間の方から派手に何かが落ちる音と落ちた何かが埋まる音が聞こえてきた。

「……あははは」

 美樹の乾いた笑い声が辺りに響く。

「……早くない?」
「と、とにかくいってみよう?」
「お、おぉ……」

 いよいよご対面か……なんか怖い気もするな……


「……これはすげえな……」
「これはすごいね……」

 現場に駆けつけてみると枕っぽいものが穴につめこまれ、被害者の手だけがかろうじて自己主張していた。

「とりあえずまーやんに連絡とろうか……」
「おう……」

 トランシーバーで摩波に連絡をとりトラップを解除すると、そこには亜木がぺたんと座り込んでいた。

「……は?」

 なんで亜木が家に?

「えーっと……何しにきたんだ?」
「……」

 とりあえずここにきた聞いてみたが亜木からの反応はない。

「あれか? 俺たちの話が聞こえててそれで手伝いにきてくれ──」
「あんどっち、ちょっといい?」
「んあ?」
「えっと、今まであんどっちの歯ブラシとかもってったのって、ひょっとしメグメグ?」

 何言ってんだこいつ……しかもまた勝手に変なあだ名を──

「……はい」
「……はい?」

 ……なんで亜木? っていうかその筋の方々が喜びそうな忍者装束もどういうことだ?

「えっと、その……?」

 ぐるぐると頭が回っていて何を言いたいのかよくわからない。と、亜木が美樹の方に振り向いた。

「……矢田さん、すいません。わがままなのはわかってますけど、安藤さんと二人にしていただけませんか?」
「え? う、うん……」

 亜木のいうことを聞いて素直に部屋を出て行く美樹。必然的に場には俺と亜木だけが残る。まぁ、もう10時回ってるし美樹もかなり眠そうだったからちょうどいいだろう。




「……まず話を聞かせてもらおうか」
「やっと二人きりになれましたね……」
「は?」

 いきなり何言い出してるんだこいつは……? 俺の話聞く気ゼロか?

「一目見たときから好きでした……」
「言動と行動の球種に差がありすぎるぞ。アプローチが歪みすぎだ」

 ストレートと最後の魔球くらいの落差があった。

「で、でもウチ人を好きになった事がないからこういうときどうしたらいいのか……」

 それで真っ先に実行したのがストーカー行為か……天性だな。

「……えっと、気持ちは嬉しいけどもうちょっと手段を考えような」
「はい……」

 パシャ。

「何いいながら写真とってんだ!」
「あ、すいません。つい……」

 ……あまり関わりあいになりたくは無いがコレは放置するとドエライことになりそうだな……

「あー、そのだな……俺もあんまり恋愛経験豊富なほうじゃないけど、やっぱり順序があると思うんだ」
「はい……」
「だから、友達からはじめないか?」
「え?」

 俺の提案に俄かに挙動不審になる亜木。

「亜木だっていきなり好きだなんていわれても困るだろ?」

 何しろ親衛隊持ちだ。その手のことは散々いわれただろう。

「……確かに」
「だから少しずつ知り合いになっていこうと思うんだけど、どうだ?」
「ぜ、ぜぜぜひおねがっ!?」
「わかったから落ちつけ」

 口から血がでるほど舌かんでるな……

「えっと、じゃあよろしくな」
「はい、こちらこそよろしくおねがいします」
「じゃあ、手始めにパクった俺の私物を返すように」
「え!?」

 なんで絶望的な顔してんだこいつは……

「いや、盗ったものは返さなきゃダメだろ」

 理想は盗らないことだが。

「ウチの宝物……」

 言いながらいそいそと懐から俺の私物を取り出す。

「……もち歩いてるのか?」
「誰か盗られたら困りますもの」

 亜木から盗品を受け取って確認する。歯ブラシも無事発見できた。

「……亜木」
「なんですか?」
「まさかとは思うが……使ってないよな?」
「ウチそんな恐れ多い事しません!」

 亜木ルールでは窃盗は恐れ多くないってことか。

「とにかく、今日のところはもう帰ったほうがいいぞ」

 時計を見ると夜の3時を回っている。

「はい、じゃあまた明日お会いしましょう」
「おぉ、またな」

 そういって玄関に向かって歩き出し、すぐに止まって振り返る。

「? どうした?」
「……ひとつだけお願いしてもいいですか?」
「内容にもよるな……」

 こいつの場合シャレにならない場合があるからな。

「あの……名前で呼んでくれますか?」
「……別にかまわないけど?」

 亜木……恵の顔がぱぁ、と明るくなる。

「ありがとうございます! じゃあまた明日!」

 そういうと恵は足早にさっていった。

「笑うとかわいいんだな、うん……」

 誰に聞かれてるわけでもないのに、ちょっと耳が熱かった。










「あんどーっち! チコク、チコクするヨ!?」
「あーもう、わかってるって! そのカタコトをなおせ!」

 結局あの後寝付けず、つい寝坊してしまった。

「よし、準備できたぞ!」
「オッケー! ちょっと走るよ!」

 そして蹴破るように玄関を開けていざ学校へ──

「あ、おはようございますたか様。今日はゆっくりしてるんですね」
「おわあぁぁあ!!」

 いこうとした俺達の目の前に恵が現れた。

「な、何してるんだ!?」
「何って……たか様を待ってたんですけど?」
「学校いけ! 遅刻するぞ!?」
「あんどっち、メグメグ、急いで!」

 美樹は美樹でナチュラルに恵を数にいれてるし……

「あぁもう……ついてこれなかったら置いてくからな!」
「はい、がんばりますね」

 笑顔のまま恵は返事をする。




 なんかまたえらいのに好かれたな……ちょっとはやまったかもしれない。







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