イヤにスキルの高いストーカーとの迎合を済ませた翌日、計ったようなタイミングで家の前でエンカウントした恵のあの気配のなさはどういうことかたずねてみると、「くのいちですから」という答えが返ってきた。このご時世ガチンコ忍者がいるというのも驚きだがそのレベルの高さにも驚かされたものだ。仮に「貴方を殺して私も死ぬ!」的な考えにいたった場合は何の抵抗も許さずにさくっといかれるということか。しかもそのまま「やっぱり怖いっ」なんてことになろうものなら消え損だ。

 ……そういえばこの状況で死って概念はあるのか……? 
 何気なくそんな疑問を抱きながら靴箱を開けると、中に紙が入っていた。





 ……まぁ、落ち着こう。昔からあれだ。靴箱+手紙といえばもう答えはせいぜい二種類くらいしかあるまい。すなわちこの紙片に書かれている言葉は──


「がびょーん」


 ……なんだこれは。






あんどっちと小癪なセミストーカー団





「まるでティッシュが二人いるようです……」
「丁寧な口調で失礼なこと言ってくれてんじゃねえよ」

 靴箱に入ってた紙片を見せた摩波の最初の反応がこれだった。

「ちょっと違うわよ摩波ちゃん。安藤さんはツッコミだから「がびょーん」っていう紙を見たときに『あんたそんなくだらへんこといいなさるなや!』って言うほうでしょ?」
「どこの方言を想定して言った台詞か聞かせてくれ」

 こいつ絶対俺のこと芸人だと思ってやがる。ってそりゃ初登場が若手漫才師じゃしょうがないよねー!
 ……誰も聞いてないノリツッコミほど空しいものも珍しいと学び、また一つ人として汚れてしまった。

「そうです。たか様はそんな意味不明のツッコミしません。ちゃんと『リアクションが可能な文章送りつけろや!』と理想的なツッコミをしました」
「何で何気ない一言まで暗記してんだお前は」

 言った俺でさえうろ覚えだった台詞を一字一句間違いなく(多分)完璧に覚えてやがる。

「あれだけ大きな声を出せばそれなりに印象に残ると思うけど?」
「ちなみに言い終わるまでに1.21秒。きれいな滑舌の見事な早口言葉でした」

 美樹がフォローを入れたが直後にストーカーの爆弾発言が飛び出した。

「おい美樹。これ普通か?」
「ごめん……」

 辞書の挿絵にしたいくらい模範的な苦笑を浮かべた美樹に謝られた。さすがに人が発言に要した時間をノールックで計ることまではできないらしい。

「これもウチのたか様への愛の賜物……」
「そんなストーカーの上位技術捨てちまえ」
「……わかりました。封印します……」
「え?」

 何か理想的な反応を期待していたわけでもないが、まさか素直に受け入れられるとも思っていなかったために、ものすごい罪悪感にさいなまれる。

「あ、いやその……ごめん」
「うわ、よわっ」

 つい謝ってしまうと摩波にすかさずつっこまれた。

「よわ言うな! 肯定されたらそりゃ焦るだろ!」
「安藤さんの器の小ささを垣間見てしまいましたね……」

 可哀相な物を見てしまった感じの視線を送ってくる穂波のリアクションが一番心に響いた。

「ていうかこれって天界独特の言い回しで何かの挨拶的なものじゃないのか?」
「ないよそんな挨拶……」
「バカにするのも大概にしろ。故郷帰れ」
「帰せるものなら帰してみろや!」

 美樹と摩波に同時にツッコまれた。っていうか摩波はやっぱりケンカうってんのか。

「その時には恵も同行させてくださいませ……」
「お前ホントは狙ってボケてないか?」

 実にツッコミやすいタイミングで発言しやがる。

「相性ピッタリなんじゃない?」
「読むなバカたれ」

 久しぶりに美樹の読心術が炸裂する。相変わらず原理は謎だ。

「安藤さん何考えてたんですか……」

 穂波が訝しげな視線をよこしてくる。

「どうせ『美人に惚れられてラッキー! イエス!』とかその辺だろ」
「美人だなんてそんな……」
「でも安藤さんロリコンじゃなかったですか?」
「じゃあ美樹さんの独壇場だな……」

 こいつら俺の事無視してどんどん話進めてるな……ていうかなんで俺ロリコン説が出回ってるんだ畜生。誤解を招くようなこと一切やってないのに暗黙の了解で手をだしたことになってんのか?

「そこで送りバントしてどうするのって話にならない?」
「でもそうじゃないと隕石を暖めるのって無理じゃないですか?」
「なんならウチがやりましょうか?」
「ちょっと待て! 何の話だそれ!」

 全く関係ない話題になる決定的瞬間を聞き逃してしまった。

「何って……あんどっちの話なんだからしっかり聞いててよ」

 何でがっかりしてるんだこいつは。俺か? ついていけなかった俺が悪いのか?

「俺と隕石にどんな関係性を発見したか一人ずつ意見を述べてみろ」
「隕石がてぃっしゅに直撃すればいいと思った」
「分子レベルまで分解してしまえ」

 1。

「絶対たか様が勝ちます!」
「不戦敗させろ!」

 2。

「隕石の中に安藤さんと美樹さんの子供がいるそうです」
「俺は宇宙人か?」

 3。

「なんでそんなことになってるの!?」
「信じるな!」

 4。

「すごいなてぃっしゅ。ツッコミグランドスラム達成だ」

 俺も同じことを考えてたところだ。

「最初のツッコミから最後のツッコミまで10.43秒ですね……」
「メモすんな」

 さっきから恵がちょくちょく何かを書き込んでるメモ帳、あれ何か意味があるのか?
 その時教室にチャイムが響きわたり、同時に日比谷さんが入ってくる。

「席つけー!」

 なぜかご機嫌斜めな日比谷さんのおかげで(後で聞いたら昨晩風呂の鍵が開かなくなってそのまま洗面器を枕にして寝たらしい)すっかり紙片のことなど忘れてしまった。




 翌朝。

「今日はゆっくり出られるねー」
「昨日は慌しかったからな」
「たか様が寝坊するのって珍しいですしね。あんまり夜更かししちゃダメですよ?」

 片手を腰にあて顔の横に指をたてた恵にやんわりと窘められる。いわゆる「めっ」のポーズがしたいのだろうが、おそらく慣れていないのだろう、あなたそれファックサインになってますよ。それと元凶お前だこんちくしょう。
 まぁ、その事件も解決したため今朝はきっちりいつもどおりの時間に起き、何故か美樹に頼み込んだ恵が作ったらしい朝食をとり準備を済ませ俺を真ん中に右に恵、左に美樹と並んで学校に向かう。

「そういえば、メグメグ料理上手だね。びっくりしちゃった」
「し、趣味でいろいろと作ってますから」

 美樹と会話しながらちらちらとこちらの様子を伺う恵。

「ん? あぁ、うまかったなアレ。味噌汁なんかさっぱりしてて朝としては申し分なかったし。また今度食いたいな」
「たか様さえよければぜひ!」

 好感触と判断したのか恵がこれ見よがしに鞄を右手に持ち替え、左手がフリーであることをアピールしてくる。さすがにこれを掴むわけにもいかないので俺も鞄を右手に持ち替えておいた。

「残念だったのは卵焼きを食べてもらえなかったことですね。ウチの得意料理だったんですけど……」

 諦めたのか、ちょっとうな垂れた様子で語る恵。唯一食べる気になれなかったあの鈍い光沢を持つ原色の塊は卵焼きだったわけか。食事中あまりに視線が痛かったので食べようと思ったが、絶好のタイミングでその半固形物質から風船から空気抜くような音がしたため振り絞った勇気を根こそぎ奪われ断念したわけだが。

「まぁ、朝から腹いっぱいにしてもな……」
「……それもそうですね。気をつけるようにします」

 こういう時自分は偉いなぁと思う。

「む〜……」
「ん? どうした美樹?」

 恵と会話してると、小動物の唸り声のようなものが左隣から聞こえたので振り向いてみると、美樹がふてくされていた。

「私料理下手かなぁ……?」
「うまいぞ?」
「それならいいんだけど……」

 つまり、恵の料理ばかり褒めていたから自分の料理よりそっちを食いたいと思われた、と感じたのだろう。

「まぁ、なんだ。もともと美樹の家なんだから恵もほどほどに、な?」
「たか様がそういうなら……」

 渋々といった感じで恵がうなずく。

「美樹もそれでいいか?」
「う、うん……」

 拗ねたことでばつが悪いのか、美樹も申し訳なさそうに返事をする。後ろから小さく舌打ちが聞こえてきた気がするが深く考えるのはやめておいた。


 そんなたわいのない話をしているうちに学校に着いた。

「じゃ、今日もがんばるか……」

 誰に話すともなく呟き靴箱を開き上履きに履き替える。と、なにやらつま先に違和感を感じた。

「……まさか」

 嫌な予感にさいなまれつつもそっと中を覗き見ると、中には一枚の紙片が入っていた。ピラリと二つ折にしたそれを開いてみると──




『がびょーん?』




「知るかーーーー!!」

 今日もツッコミにまみれた生活をがんばる羽目になりそうな気がした。




 そのころ、とある教室の中。普段使われずに余っているはずのその教室に、今日は大勢の客が詰め掛けている。人がたくさんいて日の光もちゃんと入っているにもかかわらず、その空間は薄暗く、湿度も高い。その中に渦巻くのはたった一つの暗い感情。計画の第二段階を何の支障もなく終えた面々の顔には、しかしながら安堵の表情は一つも含まれておらず緊張に張り詰めていた。それもそのはず、まだ計画は中途であり、しかもその計画すら序の段である。これを足がかりとして規模を大きくする。大を成すために小を軽んじてはならない。この空間にいるものはすべてが経験上そのことを知っていた。今踏み出そうとしている一歩はとても小さな一歩だ。しかし、それゆえに失敗は許されない。

「明日。この計画が終わり次第宣戦布告する」

 どの影が言ったかは定かではない。最終段階を迎えんがために今、闇の会合が人知れず行われようとしていた。様々な形を成す影において、唯一共通する一つの信念をその額に掲げて……




「どんだけ暇なやつの仕業だ畜生……」
「どうしたの?」

 その日の晩、今朝の紙切れのことを思い出す。特に実害があるわけでもないが、だからこそ釈然としない。

「いや、昨日俺の靴箱に『がびょーん』って書かれた紙が入ってたって話をしただろ?」
「あぁ、そういえばそんな話あったね」
「それで、今日はそれが『がびょーん?』になってたわけだ」
「何で疑問系なの?」
「俺が聞きたいわ」

 はて?と首をかしげたまま動かなくなった美樹だったが、3分ほどたったころに頭から少しずつ煙が出はじめる。が、瞬間顔が晴れやかになり謎が解けたと言った具合にこちらに乗り出してきた。

「わかった! きっと昨日の『がびょーん』があんどっちの体内にあるがびょーんを補給させようとしたもので今日の『がびょーん?』が『あれ? あんどっちひょっとしてがびょーん足りてる?』っていうあんどっちを気遣った手紙だよきっと!」

 頭の煙はなおも増量中だった。

「そんな面白おかしい成分は人体に含まれてねえよ。無理しなくていいから今の話は忘れてくれ」
「もしくは宇宙星人がびょーんの襲来が迫っているか──」
「寝ろ」

 風呂上りの湯気みたいな量の煙を全身から噴出す美樹を寝室に放り込み、椅子に座りテーブルを人差し指でノックしながら一人考える。
 しかし、情報が少なすぎるため推論がまとまらない。そして、結局たどり着いた結論は相手の出方を見るしかない、ということだった。

「ともかく、明日どうなってるかだな……」

 どうせ現状被害があるわけでもなし。今日これっきりならばいうことはないし明日同じようなことがあってもそれはそれで情報が増える。
 結局この晩はそれきり謎の紙片のことなど考えなかった。




 最初の紙片から二度目の夜が明けた朝。例によって上履きをはく前に靴箱の中を覗いてみる。が、紙片は入っていないようだ。
 だが、昨日紙片は上履きの中に入っていた。上履きをつま先が上に来るように手に取りそのまま踵をとんとんと手の上で軽く打ち付けると中から何かが出てきた。紙片ではないそれは──
















「……画鋲?」
「画鋲だ」

 摩波がぽかんとした顔で聞いてくる。

「画鋲ってあの壁にぷすってさしたりするあれですか?」
「そうだな……」

 続いて穂波。美樹と恵は口を聞くことすらままならないようだ。さすがにすぐにはリアクションを取れないらしい。ただ、事情を知らない恭賀はもとから合点がいっていない。
 そんな状況下で続けて口を開けたのは摩波だった。

「ダジャレじゃん」
「だー! 言うな畜生!!」

 それを皮切りに時が動き出す。

「た、たか様……失礼ですが画鋲ががびょーんではダジャレにすらなっていないと思うのですが……」
「あぁ、なってねえよ! 三日、三日だぞ!? さんざん引っ張っておいて画鋲ががびょーんだぞ!? 違うだろ! ここはせめてリアリティ極まる豹の絵でも描いて『画豹』とかだな……!」
「うわ、さぶっ」
「俺にボケろって言うのが間違ってんだよ!」

 普段ならさらっと扱える摩波の言葉にすらまともに答えられない。

「あんどっち言ってることがメチャクチャ……」

 美樹がやや呆れ顔を浮かべたそのとき、未だパニック中の俺の様子などそしらぬといわんばかりに教室のドアがガラリと開けられ、どやどやと二十人に少し届かないくらいの男達が入ってきた。そしてその中の恐らく代表格の男が声を上げる。

「安藤はいるか!? ちょっと話がある! 今いいか!?」
「よくねえよ! 二列縦隊でそこに居直ってろ!」

 微妙に物腰の低い乱入者を一蹴し、わめき続ける俺。迷惑極まりない。

「俺にはどういう状況なのかさっぱりわからないんだけど……」
「俺が知りたいわ! そりゃ言ってることもめちゃくちゃにもなるっつうの!」

 昨日、一昨日といい感じに寝倒して何も事情を知らない恭賀が全身からハテナオーラを放ちだすが、わからないのは俺も同じだ。嫌に前振りが長いダジャレだったということ以外は。

「なんだってんだ! 返せ、ボクのシリアスを返せ!」

 思わずプチ幼児退行に勤しんでしまうのも無理はない。今まであれだけシリアスな場面があったか? いやない。しかもその結果がダジャレ、それもできそこないだなんて幼児退行の一つや二つ起こしても問題ないはずでちゅ。

「あんどっち……ひ、ひとまず落ち着こう?」
「こんなの落ち着いていられないでちゅ」
「たか様……童心に帰られてしまったのですね……」
「ただの現実逃避だろう」

 恋は盲目。真実が何も見えていない恵とひたすら冷静に現実を見続ける摩波。生死の境目でどちらか選べと言われたら思わず摩波を選んでしまいそうだ。いや、ホントはどっちもお断りしたいけど。

「いえ、現実逃避でもかまいません! ウチが引き取って育てなおします!」
「お引取り願おう」

 恵の一言で正気に戻る。愛の力は偉大だ。ナイス危機管理俺。

「いい加減話聞いてくれませんか?」

 恐らく今回のメインを飾る男達は俺の言うことを律儀に守り二列縦隊(背の低い順)にびしっと並んでいた。

「えーっと、誰だっけ?」
「てめえ……」

 さっき俺に呼びかけた男は前から三列目という微妙な位置からひょっこりと顔を出した。その仕草が妙に愛らしかった。情けなさはその数段上を行っていたが。

「まぁいい。俺達のメッセージは受け取ってもらえたようだしな」
「メッセージ?」

 顔も知らないやつからメッセージを受け取った記憶などまるでないが。

「画鋲だ」
「お前らか! 返せ、ボクのシリアスを返せ!」
「落ち着いてあんどっち」

 闖入者の言葉に再び幼児退行しそうになった俺に美樹のでこピンが叩き込まれる。めしん♪という可愛らしい効果音と横綱の張り手並の威力が同居したでこピンをくらい、あわや現実をノーブレーキで駆け抜けて、そのまま知らない世界のドアを蹴破りそうになるのを理性を全軍出撃させてかろうじて押しとどめる。

「……とりあえず目的を聞こうか」
「それはあれだ。よくバレリーナの期待の新人がトゥーシューズに画鋲いれられるだろう。あれと同じだ」

 いつの時代のフィクションだ。

「じゃあ初日から画鋲しこんどけや」
「そんなことしたら怪我するだろうが! 二回警告をはさんだ俺らの優しさを全身でかみ締めろ!」

 俺にこの優しいジャイアニストどもをどう扱えってんだ……

「って言うか誰だお前ら。名を名乗れ」
「はっ。お前の目は節穴と見える。その節穴かっぽじってよく聞いててください」

 なんでいちいち腰低いんだこいつ。あと日本語が微妙におかしいことに気づいているのだろうか?

「額の鉢巻キラリと光る! 夕日に背を向け東へ走れ、太陽さんを出待ちしろ! 朝日を眺めながら食べるカレー、一晩寝たらまろやかだよね! あれ、コンロはどこだったっけ? 亜木親べ……!」
「何やってんだお前」

 どうでもいい前口上だけ饒舌で唯一中身のある情報噛みやがった。

「惜しかったッス! 副隊長!」

 すぐさま副隊長と呼ばれた男の隣に並んでいた男が、きめ台詞を噛みうなだれる副隊長にかけよる。

「おい、隊長じゃねえのかこいつ」
「隊長は風邪で休みだ!」
「なんで威張ってんだお前」
「やっとこれ言えるチャンスが回ってきたのに……隊長呪ってまでがんばったのに……!」

 なかなか立ち直れない副隊長。がっかりついでに爆弾発言しやがった。

「おい、お前らの隊長風邪じゃねえぞ」

 人災率100%だ。

「まぁ、ひとまず恵の親衛隊だってことはわかった」
「わかっていただけましたか」

 額の痛々しい鉢巻が物語ってくれたからな。

「で、その恵の親衛隊が俺に何の用だ?」
「知れたことを……はっきり言ってやらないとわからないか?」
「お前に恵はにあわねー、とかそんな感じか?」
「そう! お前に亜木さんはにあわ……って全部言っちゃったぶ!?」

 せっかくの第二のきめ台詞を先に言われ、それでもなんとか立ち直ろうとした副隊長の頭をがっちりとホールドしたのは他ならぬ恵の両手だった。

「もう一回聞かせてもらえる……? たか様が何って……?」
「あ、あぁ……亜木さんの顔がこんなに近くに……」

 般若を無理やり笑わせたような顔をした恵が目の前にいるというのに副隊長は何故か幸せそうだ。周りにいる隊員も皆一様にうらやましいなぁ、て顔してますけど、彼、顔からミシミシ音がしてますよ?

「こ、この武田信也。ここで朽ちても悔いは……」
「……」
「あ、やっぱり無理そうです」

 さすがに生皮で出来た般若面を見て冗談ですまないことに気づいたのだろう。副隊長こと武田もさすがにやばいと気づいたらしい。


 その時、ずっと騒ぎを見えないところで爆笑しながら鑑賞していた摩波が何か思いついたように恵に近づいた。

「亜木。ちょっとそいつ貸して」
「頭から下だけでもいいですか?」
「伝言役させた後ならそれでもいいけどとりあえず全部貸して」
「何怖い会話してんだお前ら」

 猟奇的にもほどがあるぞ。

「貸すのはかまいませんけど、どうするんですか?」
「武田の意思は関係ないんだな」
「ちょっと耳貸して……」
「……なんです?」

 武田の意思を無視して摩波は恵に何かを耳打ちする。っていうか俺のツッコミも二回無視された。二回無視された。

「あのな……」
「……なるほど」
「だから……」

 最初はいぶかしげに摩波の話を聞いていた恵だったが段々その顔が光り輝いてくる。

「……というわけだ」
「すばらしいですわ!」
「うわぁ……」

 摩波の耳打ちが終わると恵が一オクターブくらい高いキーで歓声を上げる。っていうかですわ口調を実際に使うやついるとは……

「貸します! ぜひ貸します!」
「何!? 俺の意思は!?」

 哀れ人権を剥奪された武田が摩波のもとへと行く。
 そして今度は武田に摩波トークが炸裂する。

「なぁ……」
「……いや、それはそうだけど……」
「じゃあ……」
「う、うぅ……」
「だからもしかしたら……」
「……おぉ!?」

 最初はなんだか気乗りしない感じだった武田の顔が、ある時を境にみるみる輝きだす。

「……っていう風にしたらどうだ?」
「すばらしいですわ!」
「お前今明らかに無茶しただろ!」

 男にまでですわと言わせやがった。げに恐ろしきは摩波マジック。

「亜木親衛隊。スクラム!」
「サー!」

 武田の一言で親衛隊サークルが作られ、なにやら談合が始まった。

「……」
「──〜?」
「!!」

 見れば見るほどむさくるしい空間だな……

「すばらしいですわ!」
「……」

 ……三回目になるとしつこいな。
 とそんな俺の心を知るはずもない亜木の親衛隊が再び二列縦隊に整列する。

「な、なんだ?」
「我々、亜木親衛隊は今日より『亜木さん×兄貴推進委員会』と改名します!」
「迷惑な会発足させてんじゃねえよ」

 っていうか兄貴って俺のことか?

「おい恵。お前はこんな勝手なことされても──」
「たか様とラブラブ……おっといけない、涎が……」

 恵のほうを振り返り「いいのか?」と続けようとしたが、当の恵は口許がゆるゆるで、拭う端から涎がざぶざぶでていた。
 あぁ、こいつからしたら一石二鳥だもんな。ストーカー免許皆伝のこいつに常識を求めようとしていた俺が間違えていたわけか。

「摩波、ちょっとこっち来てみろや」
「ん、どうした? なんか用か?」

 にやついた笑顔を浮かべながら摩波が近づいてくる。

「あいつらに何吹き込んだか言ってみろ」
「別に……亜木には敵が味方になるって言って武田にはそういう優しさが亜木の心に届くんじゃないか? とか、まあそんなところだ」
「親衛隊はピエロなわけか」
「まぁ細かいことはさておき聞け」
「……」

 柔和という文字を2万回くらい書き写させれば少しはおとなしくなるだろうか。

「とにかくだ。亜木は見てのとおり美人で運動も勉強もできる。それに料理だってうまいんだろう?」
「……なんでそんなことまで知ってるんだお前」
「姉さんに頼まれて盗ちょ……ん、んん! ちょっと喉の調子が……まぁ、私達はそれなりに情報網があるからな」
「盗聴っつったか? 今盗聴って言おうとしたか?」
「とにかくだ。彼女にするのになんの問題がある? あの女と結ばれてストーカーの遺伝子を次世代に遺せ」
「仮にそのつもりになったとしても、今の一言で台無しじゃねえか」
「亜木のことが嫌いか?」
「それ以前の問題だし……っていうかお前どういうつもりだ? 何で恵に肩入れしてんだ」
「……姉さ──」
「あーっとごめん摩波ちゃん! お姉ちゃん手とか足とか腰とかその他もろもろが滑っちゃった!」
「もぐっ!?」

 摩波が何かを言おうとした直後。2mは離れていたはずの穂波が無拍子で間を詰めて摩波にハートブレイクショットとスマッシュのコンボを叩き込む。さすがの摩波もリアクションをとることすら許されずに沈黙する。口から何だか赤いものが垂れていたが大丈夫だろうか?

「摩波ちゃん大丈夫!? 保健室に行かなきゃ! あ。安藤さん、なんでもないですからねー」
「まぁその、なんだ……がんばれ」

 明らかにいつもの笑顔なのに明らかに笑ってないという、実に奇妙な顔で穂波は摩波を保健室に連れて行くために教室を出て行った。首根っこを掴んでひきずるというワイルドな手法が採用されていたため、摩波の安否が心配されたが。


「……さて」

 摩波には悪いが日ごろの行いが祟ったと思ってもらうことにしてだ。

「お前ら、会長への報告は無しか?」
「それならば問題なしだ」

 俺の質問に対してやはり武田が答える。

「……そうなのか?」
「俺達は全員亜木親衛隊をやめて『亜木さん×兄貴推進委員会』を発足したわけだからな。なんら問題はない」
「ちょっと待──」
「おっと、止めても無駄だ。俺達はもともと本人に了承を得ることなく活動してきた集団だ。だからおとなしく応援されて下さい」

 俺の制止の声をさえぎり、武田が低姿勢さの中にも傲慢さがあふれるロマン輝く台詞を放ってくれた。

「腰が低いのか自己中心的なのかよくわからないやつらだな……」




 こうして非公認(50%)のカップルを推奨する迷惑な会が発足し、頭痛の種が増えるという俺的には最悪の形で今回の騒動は幕を閉じた。っていうかこいつら利用されてることに……気づいてないんだろうな、やっぱり。







 余談だが、後日亜木親衛隊隊長は隊の本部が見知らぬ委員会の活動場所になっていることに愕然とし、一集団の長から下っ端会員に格下げされることになったらしい。
 だが、会の名前が変わって活動内容が変わったとしても、その空間は変わらず暑苦しく、変わらず薄暗かったという。







「何が……どうなってるんだ?」



 そして、最後まで状況を理解し得なかった恭賀の呟きに答える声も、やはりなかったという。







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